沢木耕太郎の結婚、藤圭子との関係。娘ほか家族について。井上陽水の曲作りエピソード

「旅のバイブル」として今も愛読者の多い『深夜特急』の著者として知られる沢木耕太郎(さわきこうたろう)さん。

私生活が謎に包まれたミステリアスな作家ですが、結婚はしているのでしょうか。

藤圭子さんを描いたノンフィクション『流星ひとつ』にまつわる話をはじめ、声優の娘や家族のこと、井上陽水さんとのエピソードについてまとめます。

沢木耕太郎は結婚している?

80年代に始まったバックパッカーブームを後押しし、若者たちを世界の旅へと駆り立てた名作『深夜特急』。

1947年11月29日、東京都大田区に生まれた沢木耕太郎さんは、横浜国立大学卒業後に富士銀行に就職しました。

ところが初出社の日、交差点で信号待ちをしている時に退職を決意。


雨に濡れて困る服など着たことはなかった自分が、身体になじまないスーツ姿で傘をさしていることに違和感を覚えたそうです。

ほどなくルポライターとしてスタートし、1979年に『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞を、2013年には『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞。

2019年3月28日放送の『ゴロウ・デラックス』最終回には、番組スタッフの熱烈なオファーを受けて出演を快諾しました。

テレビ番組にはめったに出演しない作家であるだけに、貴重な映像といえますね。

番組では稲垣吾郎さんに質問を繰り出し、MCとゲストの立ち位置が逆になる一幕も。

そのインタビュー術の巧みさに感心した人もいたはずです。

「沢木耕太郎」はペンネームであり、本名は明らかになっていません。

本名を名乗るくらいならペンネームはいらないとコメントしています。

このことからもわかるように、プライベートに関する情報もほとんどない状況です。

2020年現在は独身らしいという情報があるのですが、これも確証はありません。

けれど沢木さんには娘がいます。

また藤圭子さんとの恋愛が噂された折に、「沢木さんは結婚していたから、不倫なのかと話題になった」と大手出版社の編集者が発言していることから、結婚歴があることは確かでしょう。

その後離婚したのか、または死別したのか、あるいは結婚生活が継続しているのかといったことは不明でした。

沢木耕太郎と藤圭子の濃密な時間

2013年、藤圭子さんの衝撃的な自殺から四十九日が過ぎたタイミングで『流星ひとつ』を緊急出版した沢木耕太郎さん。

これは34年前の藤圭子さんへのインタビューをまとめたノンフィクションで、長い間封印されていた幻の作品でした。

当時、藤さんは芸能界引退を発表した直後で28歳、気鋭のノンフィクションライターだった沢木さんは31歳。

本書は、ホテルの高層階にあるバーで語り合う二人の会話のみで進んでいきます。

最大の読みどころは、沢木さんの巧みなインタビューのテクニックと、徐々に心を開いていく藤さんとのやりとりでしょう。

この作品を封印した理由として、沢木さんは、藤さんが芸能界に復帰した場合の足かせになりかねないことや、自分は彼女を利用しただけかもしれないといった葛藤を後記でつづっています。

けれど一方で、二人の間には恋愛感情が芽生えていたともいわれており、封印の真相もそこにあったのではないかとみる向きも。

作家としての職業的倫理観から、深い関係にある女性の作品は出版できないと判断したのかもしれませんし、あるいは取材を通して恋愛関係に発展し、それがこじれた結果、出版できなくなってしまったのかもしれません。

真相は沢木耕太郎さんだけが知っていることになりますが、天国の藤圭子さんはどんな思いで『流星ひとつ』を読んだのでしょうか。

娘・田澤利依子は声優で作家、ほかの家族は?

娘の田澤利依子さんは声優事務所のアトミックモンキーに所属する声優で児童書作家。

誕生日は7月20日で、生年は不明です。

おもな作品にテレビアニメ『BAKUMATSUクライシス』、劇場アニメ『遊☆戯☆王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』などがあります。


「たざわりいこ」名義で執筆活動もしており、『みならいクノール』『スタジオから5秒前!』などの書籍も刊行。

最近はシナリオも手がけているようで、このあたりはやはりDNAを感じますね。

利依子さん以外の家族についての情報は出ていません。

井上陽水の『ワカンナイ』誕生秘話

宮沢賢治さんの代表作に「雨ニモマケズ」という有名な詩がありますね。

これに対する現代人のアンサーソングとして、井上陽水さんが『ワカンナイ』という曲を書いています。

このあまりに有名な詩に対して、陽水さんは「君の言葉は誰にもワカンナイ」「君の静かな願いもワカンナイ」と「ワカンナイ」を連発。

このタイトルと振り切れ感はさすがとしかいえません。

沢木耕太郎さんはエッセイ『バーボン・ストリート』で、この曲の誕生秘話を明かしています。

ある日、陽水さんから電話がかかってきて、「『雨ニモマケズ』って、そのあとどう続くんだっけ」と訊ねられた沢木さん。

折り返し電話をかけて詩を朗読したところ、陽水さんはふんふんと聞いているだけ。

時おり、ぶつぶつと「いつも静かに笑っている、か…」「日照りに涙ねえ…」とつぶやくものの、メモをとっているようすはありません。

「メモとらなくていいの?」と聞くと、「いいんだ」と陽水さん。

じつは、この時すでにレコーディングに入っており、その場で曲をつくらなければならない状況でした。

インターネットがない時代ですから、詳しそうな沢木さんに電話をかけたわけです。

それからしばらくして、沢木さんはテレビから流れるこの曲を耳にします。

あの時の曲かと思ったのもつかの間、そのすばらしい仕上がりに感動したそうです。

原案となる詩を電話口で読み上げてもらい、その場でインスピレーションをふくらませて曲を書き上げるというのは、天才だからこそなせる技なのかもしれません。


2020年4月には、緊急事態宣言下の出版となった初の国内旅エッセイ集『旅のつばくろ』が話題を呼んだ沢木耕太郎さん。

コロナ禍の影響で旅行もままならない中、沢木耕太郎さんのエッセイで旅への思いをめぐらせた読者もいたのではないでしょうか。

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