磯崎新の息子は?沖縄移住と幻の都庁。建築の特徴、経歴と代表作まとめ

日本建築学会賞やプリツカー賞を授与された名建築家・磯崎新(いそざき あらた)さん。

偉大な建築家・丹下健三の弟子として知られ、世界的にも高く評価されています。

今回は磯崎さんについて、息子はいるのか、沖縄移住の情報、幻の都庁計画を見ていきます。

併せて作品の特徴と経歴もまとめましょう。

磯崎新のプロフィール

本名:磯崎新

生年月日:1931年7月23日

身長:不明

出身地:大分県大分市

最終学歴:東京大学数物系大学院建築学博士課程

磯崎新の息子は?

まず磯崎さんの息子がいるのか見ていきます。

妻は彫刻家として知られた故・宮脇愛子さんですが、夫婦に子供はいなかったようです。

芸術家同士の結婚だったので、家庭よりも創作を重視していたのでしょう。

愛子さんは日本女子大学文学部を卒業後、鉄道紀行作家の宮脇俊三さんと結婚しました。

宮脇姓で彫刻家として認知されていたので、磯崎さんと結婚後も名字を変えていません。

ステンレスワイヤを駆使した「うつろひ」シリーズで知られ、海外にも作品が展示され続けています。

才能ある芸術家同士、子供ではなく作品を生み出すことに専念していたことがうかがえますね。

磯崎新の沖縄移住情報

次に磯崎さんの沖縄移住の情報を見ていきます。

2017年頃に沖縄移住をしたという情報がありました。

知人には常々、沖縄移住プランを話していたという磯崎さん。

しかし高齢になってから地方移住を決意するというのは、一般的な感覚では大胆な行為に思えますね。

2017年にはザ・ナハテラスで講演会を行うなど、沖縄への思い入れを感じさせる活動を行っています。

移住後の2019年、栄誉あるプリツカー賞受賞のインタビューを、沖縄の自宅で受けました。

沖縄について、「従来とは違う新しい状況が、集中的に感じられる場所」と述べています。

東京で制作してきたこれまでの作品とは違う、斬新なものを沖縄で作ろうと考えているのかもしれませんね。

幻の都庁計画

次に磯崎さんの幻の都庁計画をご紹介します。

都庁といえば、磯崎さんの師匠の丹下健三が設計した、ツインタワーを想起するでしょう。

しかし実は1985年のコンペで、磯崎さんが都庁の設計案を提出していたのです。

都庁設計案は丹下のデザインに敗れ、幻に終わりました。

具体的な設計案は、現在の都庁のような高層ビルではなく、低層にするというものでした。

東京都のシティホール、いわば人々が集まる広場として都庁をイメージしていた磯崎さん。

「縦割り行政ではなく、横へのネットワークを広げる」という意図で、横に広い吹き抜け構造を提案します。

長さ約300メートルに及ぶ建物内に、人々が交流できる大広間を入れようとしたのです。

しかしアヴァンギャルド的な磯崎案は不採用となり、丹下の縦長構造が採用されました。

都庁舎は結果的に、権威主義の象徴的な建物として完成したのです。

磯崎さんの斬新なアイデアが採用されていたら、そびえ立つ都庁とは違う、親しみやすい建物が完成していたかもしれませんね。

磯崎新の作風の特徴

次に磯崎さんの作風の特徴を見ていきます。

磯崎建築の特徴は、装飾性に優れた、斬新なデザインにあるとされています。

水戸芸術館の正三角形のパネルが組み合わさったタワーは、確かに前衛的ですね。

磯崎さんの原点は大分市の絵画サークル「新世紀群」です。

したがって、建築家というよりは自身をアーティストと自負しているのでしょう。

また世界各国の芸術に触れてきたので、従来の日本の伝統的な建築技法に反感を抱いてきたのかもしれません。

従来の日本建築家の実用面にこだわった建物を一蹴し、奇抜なデザイン性を重視する点が、磯崎作品の特徴といえるでしょう。

磯崎新の経歴と代表作

最後に磯崎さんの経歴をまとめます。

東京大学を卒業後、丹下健三研究室で下積み時代を過ごした磯崎さん。

1963年に磯崎新アトリエを設立し独立。

その後は代表作となる大分県立大分図書館を手掛けます。

1970年には丹下と共に、大阪万博のお祭り広場設計に携わりました。

13年後に竣工したつくばセンタービルで、ポストモダン建築の第一人者として認められます。

96年ヴェネツィア・ビエンナーレではコミッショナーを担当。

吉阪隆正設計の日本館に、阪神大震災のがれきを持ち込んだ作品で金獅子賞を受賞しました。

こうして、世界的に名前が知られる建築家の地位を確立。

師匠の丹下が伝統を重んじたのに対し、磯崎さんは前衛を重視し、建築界の寵児となりました。

方向性は違っていても、偉大な師匠の下で基礎を築いたからこそ、奇抜な路線へ飛翔することが可能だったのでしょう。


丹下を超えることはできなかったと考える人も多いかもしれません。

しかし磯崎作品は、時代を経ても斬新なまま、人々の心をつかんでいるといえるでしょう。

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