養老孟司の愛猫・まると鎌倉の暮らし。母は再婚、兄は父親違い

解剖学の教授などを務めた医学者であり、『バカの壁』『唯脳論』といったベストセラーの著者でもある養老孟司(ようろうたけし)さん。

今回は養老家のアイドル、愛猫のまるや鎌倉での暮らしを取り上げます。

また母は再婚によって養老孟司さんをもうけたことや、父親の違う兄がいることにも迫ります。

養老孟司と愛猫の「まる」

1937年11月11日、神奈川県鎌倉市に誕生した養老孟司さん。

東京大学医学部卒業後は解剖学を専攻して医学博士号を取得しました。


東大助手や助教授を経て1981年に教授に就任。

1995年の退官後は北里大学教授、大正大学客員教授を務めています。

『からだの見方』『唯脳論』『遺言。』といった多くの著作でも知られますが、この方の名前を一躍世に広めたのは『バカの壁』でしょう。

動物好きでも知られ、医師の近藤誠さんとの共著『ねこバカ いぬバカ』でも動物愛を語っている養老孟司さん。

ご本人は猫好きのようで、スコティッシュフォールドの「まる」という愛猫がいます。

まるは雄猫なのですが、太めの体型のせいか狩りはせず、木にも登りません。

日がな一日、脱力感を漂わせながらゴロゴロし、時々ご主人様にまとわりついての仕事の邪魔をするまる。

養老孟司さんは「こんなにたるんだ猫は初めてだ」と思ったそうです。

映像を見ると、7キロから8キロはあるでしょうか。

マヨネーズが大好物ということで、メタボぎみなのかもしれません。

まるは写真集も出しており、『どスコい座り猫、まる。』というDVDもリリース。

「マヨネーズおくれよ」「撫でなよ」「ドア開けなよ」とでも言いたげな態度のまる。

まると遊ぶ養老孟司さんの表情は自然体で微笑ましく、まるがかわいくてしかたない気持ちがにじみ出ています。

自然豊かな鎌倉の生活

2020年現在、東京都内に足を運ぶのは講演やテレビ出演などが入っている時ぐらいで、大半は自宅のある鎌倉で過ごしている養老孟司さん。

鎌倉は自身の生まれ故郷でもあります。

中学高校は市内にあるミッション系の名門校、栄光学園に通いました。

鎌倉昆虫同好会を結成して会長を務めたこともあり、建長寺には虫塚を建立しています。

多くの人間が虫の命を奪う加害者であることに自覚的でいたいという目的からです。

自宅のあるエリアは雪の下と呼ばれる高級住宅地。

それも谷戸という細い谷の奥に自宅があるそうで、山々の豊かな自然に囲まれた環境なのだそう。

少し前まではリスなどの小動物もよく出没したそうです。

交通の利便性という点においては少し不便なように感じますが、谷の奥という独特な静けさに包まれた暮らしなのでしょう。

母が再婚してもうけた息子が養老孟司、兄は父親違い

養老孟司さんは三菱商事の社員だった父・文雄さんと小児科医の母・静江さんのあいだに生まれました。

戦時中の4歳の時に父を結核で亡くし、その後は兄や姉とともに母の腕ひとつで育てられたそうです。


文雄さんは母の二人目の夫であり、兄と姉は父親の違うきょうだいでした。

母・静江さんは明治に生まれ、東京女子医学専門学校を卒業後、鎌倉で大塚医院を開業。

医院を切り盛りし、90歳を越えても現役の医者であり続けた女医の草分けです。

80代を迎えた養老孟司さんに「いくつになっても母は壁でした」と言わしめた静江さん。

静江さんは『ひとりでは生きられない』という自叙伝を発表し、1995年に95歳でこの世を去りました。

自叙伝には、有能な弁護士の夫人となり、2児をもうけながらも年若い男性と恋に落ち、その恋を貫いた静江さんの激しくも一途な半生が綴られています。

幸せな日々も文雄さんの病死により5年で終わりを迎え、3人の子供を育てるために再び医療に心血を注ぐ静江さん。

文雄さんとの5年間の思い出が自分を励まし続けたと振り返っています。

養老孟司さんの心に残っているのは、母の「あなたには心はかけたけど、手はかけなかった」という言葉。

静江さんは盛んだった女性運動にも参加せず、女性であることのメリットを受け入れていたそうです。

当時の言い方でいえば「職業婦人」なのですが、専業主婦の大変さも理解していた女性でした。

なお、兄についてはすでに亡くなっていることがインタビュー記事から明らかになっています。

2020年に83歳を迎える養老孟司さん。


心身はいたって健康で、「人生で今がいちばん楽しい」と語っています。

野山を歩き回り、少年のように昆虫を追いかけている姿が目に浮かんでくるようです。

養老孟司の妻と娘アキカ(暁花)について。家族に息子や孫はいる?

立花隆の現在。名物事務所の猫ビル。結婚と息子、再婚と今の家族について

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