阿川佐和子の父、母の介護について。祖父が建築家という噂。兄弟はアメリカに?

『聞く力』などのエッセイで知られる作家・タレントの阿川佐和子(あがわ さわこ)さん。

キャスターとしての経歴もあり、2011年からは自身がMCを務める『サワコの朝』(TBS系)でお茶の間でも知られています。

2017年に電撃結婚するなど、話題性には事欠かない印象がありますね。

しかし父が有名な作家であるなど、家族情報は一部の人しか知らないかもしれません。

今回は阿川さんの父、母の介護のこと、さらに祖父が建築家という噂、兄弟の詳細をご紹介します。

阿川佐和子のプロフィール

本名:阿川佐和子

生年月日:1953年11月1日

身長:150 cm

出身地:東京都

最終学歴: 慶應義塾大学文学部西洋史学科

阿川佐和子の父は有名作家

阿川さんの父である阿川弘之さんは、日本文学史に名前が載るレベルの一流作家で、誰もが知る有名絵本の文章も手掛けていました。

東京帝国大学(現在の東京大学)で国文学を学び、小説の神様と呼ばれた文豪・志賀直哉について卒論を書いています。


その父である阿川甲一さんは、満洲阿川組社長などを務めた実業家でしたが、太平洋戦争後まもなく亡くなりました。

弘之さんは戦時中、海軍に入隊しますが、1945年に広島の実家が原爆で全焼。

その後は白内障の母と甥の3人で暮らしています。

戦争で中断したとはいえ、文学で身を立てたいという志は学生時代からあったのでしょう。

卒論でテーマに選んだ志賀直哉本人に、戦後から小説の手ほどきを受けています。

代表作『雲の墓標』の他、師匠についての評論『志賀直哉』で野間文芸賞と毎日出版文化賞を受賞。

1999年には文化勲章を受章し、名実ともに文学界の重鎮となりました。

弘之さんの作品で最も多くの人に親しまれているのが、絵本『きかんしゃやえもん』でしょう。

この絵本からわかる通り、弘之さんは無類の鉄道マニアだったそうです。

硬派な文学作品や評論だけでなく、子供向けの有名作品を手掛けていたことは意外ですね。

弘之さんは2015年8月に、94歳で大往生しました。

阿川佐和子の母の介護

次に阿川さんの母親について見ていきましょう。

母親の名前は、みよさんといい、2020年に亡くなるまで認知症を患っていました。

2011年ごろからその兆しが見え始め、その年の3月に東日本大震災があったことも覚えていなかったそうです。

2015年に夫が亡くなり、みよさんは1人暮らしになったようですが、阿川さんは仕事と介護を両立させるため一緒には暮らしていません。

父も晩年は誤嚥性肺炎で入院しており、認知症かつ心筋梗塞も発症した母とあわせて介護したそうです。

みよさんは5人兄弟の末っ子で、認知症が進むにつれ、子供時代の感覚に戻り娘を「お姉ちゃん」と呼ぶこともありました。

弘之さんも晩年を過ごした、よみうりランド慶友病院にみよさんを移したのが2020年1月。

直後にコロナが流行します。

直接会うことが難しくなったため、リモートで親子面談をしたそうです。

同年5月に容体が悪化し、いよいよ最後という時には直接病院に入ることが許され、阿川さんは弟と一緒に母をみとりました。

みよさんは92歳で亡くなりましたが、阿川さんのロサンゼルスにいる弟もビデオ通話で最期をみとったそうで、家族みんなで貴重な時間を過ごせたのでしょう。

阿川さんの介護については、施設の入所費やヘルパーへの費用が払える富裕層だから可能だったという意見もあります。

しかし何よりも、介護の苦労を感じさせない阿川さんの気丈さが、前向きな気持ちで両親を見送るのに役立ったに違いありません。

祖父が建築家という噂は?


阿川さんの祖父が建築家という情報がありましたが、本当でしょうか。

この祖父というのは、母・みよさんの父にあたる増田清さんのことだと考えられます。

東京帝国大学建築学科を卒業後、大阪を中心に活動しました。

国登録の有形文化財である三木楽器本店や、被ばくした建築物である広島市レストハウスなどを手掛けています。

しかしその業績に対して、あまり名前は知られていません。

明治に生まれ大正にかけて活動していたため、手掛けた建造物が古すぎて現存していないものばかりだからでしょう。

阿川さんの祖父として結びつかないのも当然ですね。

しかし広島市役所なども建築しており、かなりの実績があるにもかかわらず知名度が低いままなのはもったいないですね。

阿川佐和子の兄弟

阿川さんには兄が1人、弟が2人います。

兄・阿川尚之さんはジョージタウン大学を卒業し、アメリカで弁護士として活躍。

妹からはアメリカかぶれの生意気な人として扱われているようです。

次男の阿川知之さんは、先述したロサンゼルス在住の、阿川さんの弟。

弘之さんの著作『末っ子』に、知之さんの生まれた際の詳細が記されています。

末っ子にあたる阿川淳之さんは、同じく父の著作『末の末っ子』に誕生の詳細が記されており、51歳でできた子供としてかわいがられていたことがうかがえます。


また、日本航空で勤務していたことがわかっています。

阿川家はエリート一家であることが改めて分かりましたが、同時に強い絆で結ばれ、苦難を乗り越えてきた家族なのでしょう。

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