藤田宜永と小池真理子は直木賞夫婦。肺がんで死去、軽井沢に移住。母との確執と高校

2020年1月に肺がんで死去した直木賞作家の藤田宜永(ふじたよしなが)さん。

ハードボイルドから恋愛小説まで幅広く手がけた人気小説家でした。

同じく直木賞作家である妻の小池真理子さんとのエピソードをはじめ、夫婦で移住した軽井沢のこと、母との確執、出身高校についてまとめました。

藤田宜永と小池真理子は夫婦そろって直木賞作家

1950年4月12日に 福井県福井市に誕生し、早稲田大学中退後は渡仏してエールフランスに勤務していた藤田宜永さん。


本格的に文筆活動をはじめたのは帰国後で、1986年 に『野望のラビリンス』でデビューを果たします。

冒険小説や犯罪小説で評価を高めたのちは恋愛小説も手がけるようになり、2001年には都会的なセンスと卓越した心理描写で男女の情念を描いた『愛の領分』で直木賞を受賞。

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6年前には妻の小池真理子さんが『恋』で同賞を受けていることから、初の夫婦受賞となりました。

じつは藤田さんも1995下半期の直木賞候補者の一人であり、夫婦で賞を競ったことになります。

夫妻の鉄板ネタとしてよく語られるのが、受賞した妻に「俺の直木賞はおまえだから」と語ったというエピソード。

二人は37年前に出会って恋におち、子どもをつくらない選択をしました。

それならば入籍は不要と考え、長らく事実婚の形をとってきたそうです。

一家に作家が二人いると大変でしょうとよく言われたようですが、お互いの生き方を尊重し、食事の時以外はそれぞれの仕事に没頭していたために、相手はいわば「治外法権」なのだとか。

藤田さんは妻について、作家だから当然のごとく自己主張は強いけれど、そういう女性が自分は好きだと明言しています。

派手な衝突もしてきた一方で、一緒にいる時は会話が途切れることはなかったという夫妻。

婚姻届を提出したのは2009年頃のようです。

夫の肺に腫瘍が見つかったのは、小池真理子さんが「藤田さん」と呼ばれることにようやく慣れた2018年春のことでした。

藤田宜永は肺がんで死去

藤田宜永さんは2020年1月30日、右下葉肺腺がんのため69歳で死去しました。

ステージや治療法については不明ですが、発覚からおよそ2年で旅立ったことになります。

日本人の肺がんの発症率や死亡率は高く、1998年以降は1位をキープしているそうです。

肺がんのうち、ほぼ6割を占めるのが肺腺がんで、藤田さんが罹患したのもこのタイプでした。

なぜこれほど肺がんの死亡率が高いかというと、初期はほとんど自覚症状がないため密かに進行するという点が挙げられます。

早期発見が難しいというわけですね。

藤田宜永さんはヘビースモーカーで有名でした。

「私はタバコを喫わないから大丈夫」と思う人もいるようですが、非喫煙者だから肺がんにはならないとはかぎりません。

例えば、建築物の素材で知られるアスベストなども原因のひとつであることが明らかになっていますね。

完治のカギとなるのはやはり早期発見ですから、小さな体調の変化を見過ごさずにいたいものです。

藤田宜永が軽井沢に移住した理由

1990年、夫妻は大都会から長野県の軽井沢に移り住みました。

生活拠点を移したいちばんの理由は膨大な量の蔵書。

もともと本を多く抱える二人でしたが、同居して6年がたち、住んでいた広尾の1LDKは収納スペースがなくなりました。

いざ引っ越しを決めても、当時はバブル時代。

それなりの広さのあるマンションとなると、人気の高い一等地では賃貸料も高くて当たり前。

軽井沢に土地を所有していたこともあり、それならここに家を建てようという話になったそうです。


4トントラック2台分にあたる1万冊の蔵書とともに移住した軽井沢。

家は2軒あるそうですが、どちらの家の書庫も本であふれている状態とのことです。

母との確執で中学卒業後に上京、卒業した高校は?

デビューから17年を経た2003年、藤田宜永さんは『愛さずにはいられない』を刊行しました。

「なかなか書けなかった」と明かす自伝的小説です。

描かれたのは、世間体にこだわり、ささいなことに固執して人の欠点をあげつらう母の姿。

藤田さんは母との折り合いが悪く、中学校を卒業すると、完璧を要求し続ける母から逃れるように上京。

母に愛されてないという思いを抱きながら小説家になり、その関係はついに修復されることはありませんでした。

母が81歳で亡くなった時、その死に顔に驚いたという藤田さん。

息子を責めていたヒステリックな表情ではなく、小さな可愛らしい顔をしていたそうです。

なぜその顔で僕を育てなかったのかという言葉が胸に突き刺さります。

中学卒業後に家をとびだした藤田さんは、早稲田大学高等学院に進学。

よく読書をするようになったのは高校時代で、大きな図書館に恵まれたことや同級生からの刺激があったようです。

東京の高校では生徒が大人びており、「大江健三郎、読んだ?」などと聞かれてカルチャーショックを受けたと語っています。

長髪にサングラスがトレードマークで、自身もハードボイルドな雰囲気を漂わせていた藤田宜永さん。


直木賞受賞の際に小池真理子さんが喜びを隠せずにはしゃいでいたのを記憶しています。

愛の領分と小説家の領分を、この夫婦は見事に分かち合っていたのでしょう。

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