戦後という時代と真正面に向き合い、鋭い言論で日本人の生き方に影響を与えた吉本隆明(よしもとたかあき)さん。
長女が漫画家のハルノ宵子さん、次女が小説家の吉本ばななさんであることは知られていますが、妻はどんな方だったのでしょう。
生前、家族と暮らしていた家は今はどうなっているのでしょうか。
エヴァこと『新世紀エヴァンゲリオン』についての発言や三島由紀夫さんによる評価、コムデギャルソン論争についても取り上げます。
吉本隆明のプロフィール
ペンネーム: 逸見明(いつみ あきら)
生年月日: 1924年11月25日
没年月日: 2012年3月16日(87歳没)
出身地: 東京府東京市月島
最終学歴: 東京工業大学電気化学科
吉本隆明の妻ほか家族、家は猫屋台に
吉本隆明さんの妻・和子さんは1927年4月28日生まれの東京都出身で3歳年下です。
吉本さんが32歳の時、大恋愛の末にようやく結婚した妻でした。
二人が知り合った時、和子さんは人妻で、その夫は友人。
苦しい三角関係の恋愛だったようです。
やがて個人的なつきあいがはじまると、和子さんは家を出て一人暮らしをはじめます。
二人は一緒に暮らすようになり、和子さんの離婚が成立したのちに入籍しました。
後年、和子さんは句集『寒冷前線』を刊行していますが、そこにちょっと驚くことが書かれています。
それは結婚してまもない頃に夫から言われた「あなたが表現者になりたいのだったら、別れたほうがいい」という言葉。
ひとつ屋根の下に表現者が二人いては家庭はうまくいかないという意味でした。
和子さんは驚きはしたものの、子育ても表現のうちと納得することにしたそうです。
吉本隆明さんは2012年3月に、和子さんはその年の10月にこの世を去りました。
家族が暮らした家は猫屋台になった
長年にわたり両親をダブル介護したのが長女のハルノ宵子さんです。
次女の吉本ばななさんは独立していますが、ハルノさんは実家に同居していました。
介護に時間と体力を奪われ、漫画を描くどころではなかったを明かしていますが、妹のばななさんが金銭的なサポートをしてくれたおかげで心配はなかったとのこと。
東京都文京区本駒込にある家には今もハルノ宵子さんが住んでおり、父の書斎は生前のまま残されています。
2014年には改装して「猫屋台」を開業しました。
吉本隆明さんを慕って家を訪れる編集者やファンが死後も絶えないことからお店を開くことを決意したそうです。
家族の食事に変わったこだわりを持つ妻
ハルノさんは、和子さんの食事に対する考え方を語ったことがあります。
母はね、食べ物と食べ物が混ざった味が嫌いという人で、料理にも食べることにもまったく興味をもたなかったですし。
和子さんがよく作っていたのは、ほうれん草のお浸しなど、素材の味をしっかり楽しめるものだったそうです。
こうしたエピソードを聞くと、味気ない寂しい食事をしていたのかと思ってしまいますが、実際は違いました。
吉本家には、編集者や隆明さんを慕う学生たちが頻繁に訪れており、家族以外の人間も含めて賑やかな食事をすることが多かったそうです。
購入したお惣菜や店屋ものを囲んでいたそうなので、和子さんがごちそうを振る舞うようなことはなかったと思われますが、それでも楽しくやっていたんですね。
ちなみに、和子さんは料理の見た目を整えることには積極的だったのだとか。
母は、造形的に美しくつくるんですよ。
必死になって、ロールサンドをきれいにつくって、
いちごのスライスをパンの表面に埋め込んで。
ハルノさんは、学校に和子さんの手作り弁当を持って行くとき、クラスメイトから何か言われないかと心配だったそうです。
見た目の美しさを追求するあまり、少し異様に見えてしまうほど整ったお弁当になっていたのかもしれません。
食べることに関心がなかったのに、そこまで見た目を気にしていたのは、なんだか不思議な感じがしますね。
わがままでも家族を支えていた妻
夫婦の力関係についても、ハルノさんの発言から知ることができます。
ハルノさんから見た和子さんは、とてもわがままな性格。
よく家族を振り回していたそうです。
母はワガママな人だった。身内にキビシク、外面は良かった。どちらも紛れもなく本人だ。イヤなものはイヤで、ダメなものはダメ。家族は、あきらめたり逃走したり、鍛錬させられた。
ハルノさんは隆明さんも面倒くさいと感じていたそうですが、その夫を屈服させるほど強権をふるったという和子さん。
それほどなら、相当なわがままぶりだったのでしょう。
前述の食事エピソードも、家族の好みなどは無視し、自分が食べたいものを押し付けていたと見ることができますね。
ですがハルノさんは、そんな和子さんがいたからこそ、家族がまとまったと考えているようです。
誰かが反乱を起こし、和子さんの絶対君主状態が維持できなくなると、家庭が崩壊する可能性もあったのだとか。
強烈な性格だったようですが、家族を支える強い母と考えることもできるでしょう。
尻に敷かれていたと思われる隆明さんですが、そんな夫婦関係に納得していたところもあるのかもしれません。
吉本隆明のエヴァ論評
80年代には消費社会の進行にともない、サブカルチャーなどの大衆文化を評価していた吉本隆明さん。
それまで低俗とされていたロックや漫画なども肯定的にとらえていました。
大塚英志さんとの共著『だいたいで、いいじゃない。』では『新世紀エヴァンゲリオン』について独自の見解を披露しています。
いわく、登場人物が戦争に抱くさまざまな思いは伝わってくるけれど、こと戦闘シーンとなるとそうではなく、日常から切り離された事象のように描かれているとのこと。
そのあたりがガンダムとは少し違い、またそのように描くところに狙いがあったのかもしれないと述べています。
『機動戦士ガンダム』も観ていたとは驚きますね。
思想も文学もサブカルも同列に論じるところはさすがに知のカリスマという感じです。
『共同幻想論』朗讀は #柄本明 なんだけど、
柄本明と #吉本隆明 つて似てないか?#100分de名著 pic.twitter.com/5dOdszAWS2— スグル・サトー (@SatoSuguru) July 6, 2020
三島由紀夫は吉本隆明を面白いと評価
1924年生まれの吉本隆明さんと、1925年生まれの三島由紀夫さん。
どちらも少年時代は皇国教育のためにまともな学校教育を受けられなかった戦中派世代です。
評論家・思想家としての吉本隆明さんは、三島由紀夫さんの目にはどう映っていたのでしょう。
『対談集 源泉の感情』に収録されている安部公房さんとの対談では、吉本さんについて「実に難しい言葉を使っているけれど」と前置きしたうえで、とても好意的に言及しています。
三島さんが興味をそそられたのは、後世に多大な影響を及ぼす書物は過去にボイコットされた書物であるという点と、人間に二面性や二重構造があるのは根本的な宿命という点でした。
同じことを自分が言っても学生は耳を傾けないだろうけれど、吉本さんが言えば聞くだろうと冗談まで言っています。
>日本人は周りを見回して自分のポジションを保ちたがる、空っぽで入れ替え可能な存在だと三島は見抜いていた
ハッとする指摘
三島由紀夫 50年後の問い(2)「空っぽ」日本 見抜いた目:日本経済新聞 https://t.co/HVFSNvAuAK
— skmt (@skmt_nb) October 21, 2020
吉本隆明の有名なコム・デ・ギャルソン論争とは
消費社会という時代の流れの中で、1984年には女性誌『an・an』にコム・デ・ギャルソンの服を着て登場。
この一件が政治・思想評論家の埴谷雄高(はにやゆたか)さんから「現代思想界のトップランナーである吉本隆明が資本主義のぼったくり商品を着ている」と批判を受けて論争に発展しました。
いわゆる「コム・デ・ギャルソン論争」です。
ひと言でいうと消費社会や資本主義をめぐる対立なのですが、対して吉本さんは、戦時中の没個性的な服装に慣らされた精神を解放してくれるという意味においてファッションの芸術性を擁護。
吉本さんは60歳、埴谷さんは75歳の時のことでした。
残念ながらこの論争の評判は低く、一般的にはくだらない誹謗中傷合戦として認識されています。
とりわけ吉本さんは評論家・花田清輝さんとの論争によって世に出たこともあり、それと比較されては眉をひそめられることが多かったようです。
人柄は「思想界の巨人」というイメージとはほど遠く、優しく謙虚で、一徹な下町の職人のようだったという吉本隆明さん。
家族全員が表現者である家庭はエキセントリックな印象もありますが、娘たちはごく普通の家庭だったと語っており、吉本隆明さんもごく普通の父親のように家族の幸せを願いながら生涯をとじたそうです。
吉本隆明の経歴まとめ
思想、文学、宗教などを深く掘り下げ、戦後の思想に多大な影響を与えた評論家で詩人の吉本隆明さん。
名前の正しい読みは「たかあき」ですが、「りゅうめい」と呼ばれることもあります。
とりわけ60年代から70年代の日本で圧倒的な影響力を持ち、「思想界の巨人」として畏怖の念を抱かれていました。
1968年に発表した『共同幻想論』は難解な内容にもかかわらず学生たちに熱狂的に支持され、大学のキャンパスでは同書を抱えてを歩くのが流行したそうです。
若者を引きつけた吉本思想の根底には、一般の人々の生活に根ざした「大衆の原像」という考え方がありました。
大衆のありようを常に自分の中に取り込んでいくこと。
吉本さんは、自分を含めた知識人の思想的な課題をこう定め、どんな時代の転換点でも徹底して大衆の側にありました。
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