与謝野馨の息子は大企業&甥が政治家?後継者は?家系図、与謝野晶子との関係&パソコンマニア

政界でも随一の切れ者として知られた与謝野馨(よさのかおる)さん。

2017年5月21日に78歳で逝去されました。

政策通として与党は勿論、野党の政治家も一目置かれる存在でした。

与謝野馨の息子

麻布中・高を経て東京大学法学部に進んだ絵に描いたようなエリートの与謝野馨さん。

外交官である父の仕事の都合により中学校時代にはエジプトへ。

そこではイングリッシュスクールに通っていたそうです。

当時はまだ戦後と言える時代。

そのためイングリッシュスクールでは敗戦国民である事を痛感するような出来事もあったんだとか。

この時、日本を一流の国にしたいと強く思った与謝野馨さん。

将来、政治家になる事を決意したのもこの頃だったのかもしれません。


ただ大学を卒業後、すぐに政治の道には進まず。

母の知人だったという中曽根康弘さんの紹介により日本原子力発電へ。

日本原子力発電では得意の英語を活かして英語の文献の翻訳や、アメリカでの資金調達等に尽力。

政治家が核拡散防止条約に関して訪欧する際に通訳として同行したことも。

その後、交流のあった中曽根康弘さんの秘書となるため1968年に日本原子力発電を退社。

そして1972年に行われた衆議院議員総選挙に出馬するもまさかの落選。

派閥の長であり入閣経験もあった中曽根康弘さん。

その秘書が落選するなんて誰も予想だにしなかったはず。

ただ、この落選を糧に人間的に一回りも二回りも成長した与謝野馨さん。

その証拠に1976年の衆議院議員選挙では見事に当選。

その後、消費税導入により自民党に逆風が吹いた1979年の選挙では落選。

ですがその翌年に行われた選挙では見事にトップで当選。

それ以降は着実に政治家としての実績を積み重ね1994年に文部大臣となり初入閣。

通商産業大臣や財務大臣、内閣府特命担当大臣に官房長官など要職を歴任。

「後の首相候補」としてその名が挙がるなど国政を代表する政治家の1人となりました。

そんな与謝野馨さんを見て育っただけに息子達も優秀。

長男の与謝野優さんはJR東海の執行役員総合技術本部副本部長。

次男の与謝野穣さんは三菱グループの企業に勤務しているようです。

いずれも日本を代表する大企業なので、入社時には斡旋があったかもしれません。

ですが、今の地位を築いたのは紛れもなく息子達の実力。

政治家として日本に貢献した与謝野馨さんに対して、今は経済界から日本に貢献する息子達。

いつか父親のように政治の道に進む日が来るのでしょうか。

そんな日が来たら間違いなく大きな話題となる事でしょう。

与謝野馨の甥は政治家?

政治の道には進まなかった与謝野馨さんの息子達。

その代わり、甥っ子が政治家を目指している事が分かっています。

与謝野馨さんの甥の名前は与謝野信さん。

ケンブリッジ大学を卒業後、外資系の証券会社に勤務。

東京の他、香港やパリに勤務していた事もあるそうです。

得意の語学力を活かして氷河期世代や学生を対象としたオンラインサロンを開校。

また、ロスジェネ世代を支援する団体の代表も務めているようです。

おそらく自らが恵まれた家系で育った事を重々、承知しているのでしょう。

その事から辛い日々を過ごす人達に支援の手を差し伸べる義務があると思っているのかもしれません。

困っている人に支援の手を差し伸べる。

これこそ政治家のあるべき姿と言えますよね。

そんな政治家になるべく与謝野信さんは2017年に行われた衆議院議員選挙に比例代表で出馬。

ただ、残念ながら次点で落選してしまったようです。

尊敬する政治家として与謝野馨さんの名を挙げる与謝野信さん。

きっと多くの人々が与謝野信さんが国政で活躍する事を願っている事はず

その思いに応えるためにも着実に信頼と実績を積み重ねていってほしいものです。

与謝野馨には後継者がいなかった?

2012年に政界から引退した与謝野馨さん。

大物議員が引退した際に大きな注目を集めるのが後継者問題ですよね。


議員の中には子供や秘書を後継者に指名する事が少なくありません。

政治家として長年に渡って大切に守り続けてきた地盤。

出来ればごく近しい人に渡したいと思うのが人情というもの。

場合によっては引退を表明しながらもまだ政治に関わろう、という意図もあるのかもしれません。

ところが与謝野馨さんの場合は息子も甥も後継者とはならず。

その後の選挙で東京都第1区から出馬したのは自民党の公募で選ばれた新人の山田美樹さんでした。

東京大学法学部を経て通商産業省に入省。

その後、コロンビア大学でMBAを取得し、エルメスジャポン株式会社でマネージャーを務めていた事も。

異色とも思える経歴を持つ山田美樹さん。

ですが、与謝野馨さんの地盤から出馬するだけの事はあります。

必ずしも世襲は悪い事ではないかもしれません。

ただ、本当に国益となる素質を持った人が政治家になるべき。

そういった意味では公募による候補者選びが有望な新人を選出する最良の手段。

きっと与謝野馨さんは日本のためを考えて身近な人を後継者に指名しなかったのでしょう。

家系図で分かる与謝野晶子との関係

「与謝野」という名字で思い浮かぶのが与謝野晶子さん。

同じ苗字である事から与謝野馨さんとの関係が気になる所ですよね。

実は二人の関係は祖母と孫。

与謝野鉄幹さんと与謝野晶子さんの息子が与謝野馨さんの父なんです。

父の与謝野秀さんは外交官で母の与謝野道子さんは随筆家。


弟の与謝野達さんは日本輸出入銀行や欧州復興開発銀行などを渡り歩いた金融家。

その功績は国内外で高く評価されフランスの最高勲章であるレジオンドヌール勲章シュヴァリエを叙勲しています。

そして妹の与謝野文子さんは詩人、フランス文学者。

その夫の阿部良雄さんもフランス文学者でした。

さらに母方の祖父は球磨川電気社長を務めた実業家の坂内虎次さん。

それに加えて一流企業で要職に就く息子達。

「流石は大物政治家」と唸ってしまう凄い家系図ですよね。

きっとこの家系図には今後も歴史に名を残すような人達の名が刻まれていく事でしょう。

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パソコンを自作する程のマニアだった

年を重ねると新しい物を受け入れられない人は多いですよね。

それは日本の舵取りを担う政治家や官僚も同じこと。

この事が日本のIT化の遅れの一因となってしまったように思えてなりません。

そんな中、政界でも指折りのパソコン通として知られた与謝野馨さん。

自ら秋葉原に足を運んで購入したパーツでパソコンを自作するほどのマニア。

自作したパソコンは50台以上にも及ぶんだとか。

初めてパソコンを自作したのは1999年。

きっかけとなったのがデジカメで撮影した写真の編集と管理。

ハイスペックのパソコンを安価で手に入れるために自作する事にしたそうです。

ただ、与謝野馨さんほどの政治家であれば高価なパソコンも難なく購入できたはず。

なかなかパソコンを自作しようとは思いませんよね。

新しい物であっても興味があればチャレンジしてみる。

この柔軟さがあったから後世に名を残す政治家となれたのでしょう。

パソコンの価格が下がってからも自作を続けた与謝野馨さん。


組み立てた後に電源を入れ、BIOSの表示が出た時にほっこりした気分になるんだとか。

パソコンを自作してほっこりするなんて、相当なマニア。

与謝野馨さんにとって自作したパソコンは機械ではなく子供のようなものだったのかも。

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