石井一久、嫁の木佐彩子と喧嘩しない理由。子供(幹大)は青学で現在も野球部?家が豪邸

石井 一久(いしい かずひさ)さんはフジテレビの木佐彩子アナと結婚をしました。

取材を通じて知り合って結婚に至り、未だに夫婦喧嘩をしたことがないそうです。

今回は石井一久さんの嫁さんや子供の情報、家の話題をついて見て行きましょう。

石井一久と木佐彩子の結婚、夫婦喧嘩をしない理由

まずは石井一久さんの嫁である木佐彩子さんとの関係を見て行きます。

ふたりが知り合ったのは1996年頃のことで、当時フジテレビのアナウンサーをしていた木佐彩子さんが「プロ野球ニュース」の司会者になって取材に来たことが縁になりました。

実は木佐彩子さんが取材の際に挨拶をすると「お久しぶりです」と返って来たらしく、よくよく思い出すと入社間もない1994年のホームパーティ―で遭遇していたそうです。


石井さんは木佐彩子さんに初めて会った時から「この人なら一生一緒にいられる」と思ったらしく、積極的にアプローチをした甲斐もあって1998年頃に交際関係へ発展。

お互いに人気者だったこともあって車を大きな四駆に買い替えて隠れられるようにするなど慎重に関係を深め、交際から約2年後の2000年3月24日に結婚をしています。

人気プロ野球選手と女性アナウンサーの結婚ということで大きな話題になりましたが、やはり取材などを通じて知り合って結婚に至るのは球界の王道と言える内容ですよね。

結婚してから20年以上が経った2021年現在でも夫婦が喧嘩をすることは無いそうです。

これは夫婦仲が特別に良い・・という訳ではなく、家では何もせずにゴロゴロしている石井一久さんを”夫ではなく子供”として扱っているから腹が立たないという驚きの理由でした。

確かに、木佐彩子さんのように角度を変えて物事を見ることが出来れば人生も楽になります。

最近では成長した息子の幹大(かんた)さんに生活態度が追い抜かれてしまったらしく、石井一久さんが長男から次男に後退してしまう残念な事態に発展していました。

以上のことからしても、石井一久さんは理解のある良い嫁さんを捕まえたと言えるでしょう。

石井一久の子供(幹大)は青山学院で野球をしていた?

次は石井一久さんの息子である幹大(かんた)さんについて見て行きましょう。

結婚した翌年の2001年12月に生まれ、石井一久さんの引退セレモニーでお披露目されました。

当時の幹太さんは小学6年生の12歳ですが、2021年は20歳を迎える立派な青年です。

通っている学校は小学校に入るタイミングで青山学院を受けたそうなので、小学校に当たる初等部から大学までエスカレーター式で進んだと考えるのが妥当でしょうね。

父親のイメージもあって幹大さんも野球をしているのか気になるところですが、高等部の頃に野球部に所属していたことが当時の公式ホームページで確認できたそうです。

進学した青山学院大学でも1年の頃は野球部に所属していましたが、現在は部員表に名前が無くなっていたので退部をしたのかも知れません。

ちなみに、サウスポーだった石井一久さんと違って幹太さんは右投げだったそうです。

幹太さんがこれから先、どのような人生を歩むかはまだ分からないところですが、野球ばかりが人生では無いので自分の得意とする分野で輝いて欲しいと願うばかりです。

石井一久の自宅が豪邸で凄かった


最後に石井一久さんの自宅に関する話題をチェックしておきましょう。

石井一久さんの家はテレビ番組でも何度か取り上げられており、中でも2019年3月8日に放送されたフジテレビ系「ダウンタウンなう」では内部が詳しく紹介されていました。

自宅の場所の特定に繋がる地名や外観などはさすがに伏せられていましたが、家の中の間取りや隠し部屋、セキュリティーまでもが放送されたことで話題になったそうです。

さすが一流の野球選手と人気アナウンサーの自宅だけあって立派な豪邸でした。

家の中に小さな商店以上と言える品揃えの備蓄があったことでも話題になりましたが、このストックの量は石井一久さんの心配性を表すエピソードと言えるでしょう。


ちなみに、自宅の場所については公表されていなかったものの、ネット上の噂では東京都杉並区にある高級住宅街の”久我山”にあると言われていますが本当かどうかは不明でした。

大変立派で自慢の自宅ではありますが、石井一久さんは2021年シーズンから楽天イーグルスの監督に就任することから仙台への単身赴任が予想されています。

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