俵万智の息子・匠見は大学生。名言が話題の息子&沖縄石垣島から宮崎への移住

1987年、歌集『サラダ記念日』で鮮烈なデビューを果たし、現代短歌界に君臨した歌人の俵万智(たわら まち)さん。

今回は俵さんの息子とその名言をご紹介します。

併せて、沖縄石垣島と宮崎への移住の詳細を見ていきましょう。

俵万智のプロフィール

本名:俵万智

生年月日:1962年12月31日

身長:不明

出身地:大阪府四條畷市、福井県越前市

最終学歴:早稲田大学第一文学部日本文学専修

所属事務所:東京コンサーツ

俵万智の息子・匠見は大学

まず俵さんの息子の情報を見ていきます。

2003年11月、俵さんは40歳にして息子を出産。

結婚歴はありませんが、子供を育てたい思いがあったのでしょう。


人工授精で子供を産み、シングルマザーとして育てる決意をしたのです。

「バンザイの 姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ 生まれてバンザイ」の歌には、子供を産んだ喜びがあふれていますね。

息子さんの名前は「匠見(たくみ)」で、俵さんのブログやTwitterでは「たくみん」と呼ばれています。

2024年で21歳になるため、大学生です。

小学校は石垣島だった

詳しくは後述しますが、俵さんは2011年の震災を機に引っ越しをしています。

それまでは宮城県仙台市に住んでいましたが、引っ越し先は沖縄県石垣島。

石垣島での生活から生まれた短歌も人気がありますね。

そんな事情があるため、匠見さんが通った小学校は石垣島の学校でした。

全校生徒が13人という小規模な学校だったそうですが、俵さんは小人数のメリットも感じたようです。

人数が少ないと、年齢や性格が違う子供とも一緒に遊ぶ機会が多く、匠見さんはいろいろと工夫している様子だったのだとか。

その経験が社会性の向上につながったと考えているようです。

確かに、タイプの違う人とうまく付き合うためには、少し考える必要がありますよね。


これは、子供も大人も関係なく、誰にでもあることでしょう。

小学校に通う中で、他者とのコミュニケーションについていろいろ考えたことは、その後も役に立ちそうですね。

中高は宮崎の県立学校

石垣島の中学校は、小学校よりさらに小規模だったそうです。

思春期の匠見さんに人数の多い環境も経験させたかったという俵さんは、宮崎県宮崎市にある中高一貫の学校に注目します。

匠見さんもその学校が気に入り、宮崎で賃貸マンションを借りて塾の夏期講習に参加するなど、勉強をがんばったそうです。

その結果、見事試験に合格。

匠見さんは全寮制の学校で生活を始めます。

ただ、家族と離れたことで俵さんは寂しさを感じ、匠見さんもホームシックを経験したそうです。

そこで俵さんが考えたのは、匠見さんに毎日ハガキを送ること。

中高の6年間ずっと続けたそうなので、すごいことですね。

高校生になったときは恥ずかしがることを心配したそうですが、匠見さんは「やめなくていい」と言ってくれたのだとか。

毎日届く手紙を、学校の友達も楽しみにしていたのだそうです。


親から毎日となると、意地悪な人から心ない言葉をぶつけられることもありそうですが、匠見さんの周りには性格の良い友人がいたんですね。

大学は東京

俵さんは、過去のインタビューで匠見さんが東京の大学に通っていることを明かしています。

しかし学校名には言及しなかったため、どこかは不明です。

ネット上には早稲田や東京大学などの噂もありますが、俵さんがこっそり語ったわけではありません。

これといった証拠もなく、憶測が出回っているだけのようです。

俵万智の息子の名言

母親の文才を継いだためか、非常にウィットに富んだ発言が話題の匠見さん。

宿題に取り組んでいる最中、度々「疲れた」と投げ出す彼に俵さんは、「遊びは疲れないのに」と皮肉を言いました。

すると「集中は疲れる。でも夢中は疲れない」と返事したそうです。

小説に登場する名言のように、真理を鋭く表現していますね。

また学校で先生から、「前を見なさい」とよそ見を注意されたことについて、「俺が見ている方向が前」と発言。

さらに親戚の男性に対して、「表と裏が違う、コインみたいな人ですね」と言ったそうです。

他にも焼いたアスパラガスを「焼きパラガス」と名付けるなど、ネーミングセンスも抜群。


未成年とは思えない哲学的で表現力豊かな発言に、俵さんも感心している様子がわかります。

文学的才能を宿した、将来有望な少年だったのでしょう。

しかし成人を間近に控え、発言をネットで紹介されることに対して、恥ずかしさや不快感も示し始めているかもしれません。

俵さんとしては面白い名言をまだまだ発信したいのでしょうが、最近は発信を控え目にしているようですね。

匠見さんがどんな仕事を選ぶにせよ、生まれ持った文学的センスは色々な場面で役立つことでしょう。

俵万智、沖縄石垣島から宮崎への移住

最後に俵さんの沖縄石垣島、宮崎への移住を見ていきます。

若山牧水賞を受賞した2006年、宮城県仙台市に住み始めました。

仙台市にいる両親の援助を受けながら子育てができるためです。

都内の幼稚園に土がなかったので、息子に土遊びをさせたいという思いがあったといいます。

そんな中、東日本大震災が発生。

俵さんは震災をきっかけに、沖縄県石垣島へ移住しました。

震災直後、着の身着のまま那覇便に乗り、沖縄へ向かったそうです。

「子を連れて 西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と 言うならば言え」と当時の気持ちを歌に込めました。

するとSNSでは「自分だけ逃げるのか」とバッシングを受けます。

しかし匠見さんは海で遊ぶうちに元気になっていったそうで、石垣島に暮らそうと決意。

崎枝の集落に暮らし、近所の人たちと助け合いながら子育てに励んだそうです。

その後5年間を石垣島で過ごします。

宮崎県日向市が開催する「牧水・短歌甲子園」の審査員となったことで、2016年からは宮崎市に移住。

同じく審査員で、大学の後輩でもあった大口玲子さんが宮崎市に移住していたことも大きかったそうです。


2024年現在も親子で宮崎での暮らしを楽しんでいるようですね。

ユーモアと文学のセンス抜群な匠見さんと、楽しく暮らしているのでしょう。

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コメント

  1. 意味不明の文章あり。もっと緻密に!!
     スマホの影響か短い文句の羅列では益々日本語は荒廃します。
    短歌の名手が何故落ちぶれた?!文章を連ねるのでしょうか。

  2. 名前:松 彰 :投稿日:2022/01/18(火) 20:34:24
    意味不明の文章あり。もっと緻密に!!
     スマホの影響か短い文句の羅列では益々日本語は荒廃します。
    短歌の名手が何故落ちぶれた?!文章を連ねるのでしょうか。