数多くのミュージカルや映画、ドラマで活躍してきた女優の草笛光子(くさぶえ みつこ)さん。
1958年からは、自身の番組である「光子の窓」の司会を務め、若くしてテレビ番組で活躍してきました。
今回は草笛さんの結婚、夫の芥川也寸志さんについて見ていきます。
また家族の詳細、宝塚出身という情報を確認します。
草笛光子のプロフィール
本名:栗田光子
生年月日:1933年10月22日
身長:158cm
出身地:神奈川県横浜市神奈川区
最終学歴:神奈川県立横浜平沼高等学校
所属事務所:草琇舎(そうしゅうしゃ)
草笛光子が結婚した夫・芥川也寸志は作曲家
2024年で91歳になりますが、現役で活躍し続けている草笛さん。
美しい女性ですから、「多くの男性と交際したのでは」と考える人もいるでしょう。
しかし実際に草笛さんが結婚したのは、たった1度、26歳の時でした。
夫は作曲家の芥川也寸志(あくたがわ やすし)さん。
#大河オタク用語辞典
【#芥川也寸志】
「赤穂浪士」の音楽を担当。断片的なものも含め160曲以上(!)も書いたと伝わる。松の廊下と最終話以外は映像がありませんが、幾つかの楽譜は現存。
再構成された組曲が『芥川也寸志生誕90年メモリアルコンサート』で披露され、CD化。音楽の一端が明らかに。💿 pic.twitter.com/tTdPdVL9gC— イヴァン・スサーニン (@furefure_sarina) October 26, 2023
父は文豪の芥川龍之介、兄は俳優の芥川比呂志さんという、芸術家一族に生まれた男性です。
大河ドラマ『赤穂浪士』や映画『八甲田山』のテーマ曲が代表作。
その他にも数多くの映画、ドラマ、舞台の音楽を手掛け、室内楽や管弦楽も作曲しました。
テレビ出演でお茶の間にも知られた、昭和を代表する作曲家といえますね。
草笛さんは彼と交際を重ねていた1959年、オペラ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』に主演しています。
終演後、観劇していた1人の女性が楽屋を訪れました。
女性は後に姑となる人物で、2人の交際を知っていました。
草笛さんに対し、「光子ちゃんは、こんなに感動的な舞台をやれたのだから、もうお嫁に来て下さい」と伝えます。
こうして翌年に2人は結婚するのです。
芥川さんにとっては、2度目の結婚でした。
スピード離婚で話題になった過去
ついに夫婦となった草笛さんと芥川さんですが、1年9か月後には離婚してしまいました。
原因は、芥川さんの連れ子と草笛さんの関係が悪かったためとされています。
他にも草笛さんが、悩める夫へ寄り添ってあげる余裕がなかったためなど、さまざまな説があるようです。
その後、芥川さんは再婚しており、生涯で3度結婚しました。
二枚目ということもあり、かなりのプレイボーイだったのでしょう。
しかし草笛さんは再婚することなく、独身で女優業に邁進しました。
俺、必殺シリーズの草笛光子さんの美しさにノックアウトされて「ああ、草笛光子さんの配下で仕置人として働きたい」と思ったけど、今でも凛とした美しさがあるじゃないですか。昔の女優さんて凄いよね。 pic.twitter.com/NW1Dic3Ggw
— おちょごさん (@chogo2009) February 16, 2023
結婚生活では挫折した分、女優業では大成しようと決意したのでしょう。
本当に「ちょっと」だった結婚生活
結婚当時、祖父や祖母に挨拶をしに行ったという草笛さん。
しかし、いざ2人を目の前にすると泣きそうになってしまい、言いたいことがうまく言えなかったそうです。
事前にいろいろ考えていたのかもしれませんが、感極まって言葉が出なくなったのでしょう。
感動で言葉が詰まるというのは、経験がある人も多いのではないでしょうか。
ただ、当時の草笛さんがなんとか絞り出した言葉は、「ちょっといってきます」でした。
なかなかしゃべれない状態でも、「何か伝えなければ」と思ったのでしょう。
とはいえ、夫婦のその後を知っていると、なんとも絶妙な言葉ですね。
わずか1年9か月で離婚となった草笛さんの結婚生活は、まさに「ちょっと」となってしまったのです。
もちろん、挨拶をした時点でうまくいかないことを予想していたわけではないでしょう。
大切なパートナーとして長く寄り添っていくことを想像しながら、芥川さんと結婚したはず。
結果的に短い結婚生活となってしまい、挨拶の言葉を思い出した草笛さんは、思わず笑ってしまったかもしれませんね。
このエピソードは、トーク番組などで笑い話として披露している草笛さん。
離婚したばかりの頃はさすがに笑えなかったかもしれませんが、長い年月が経過し、面白い話として紹介できるようになったんですね。
夫との離婚が仕事のパワーに
映画やドラマだけでなく、舞台でも活躍してきた草笛さん。
娘に父母の日にとプレゼントされた舞台🎫#新6週間のダンスレッスン
草笛光子さんは美しく可愛く
松岡昌宏くんはスタイリッシュでカッコ良く
ダンスの話かと思っていたけど老い 病気 夫婦 親子 友情 出逢い 別れ 色々静かに考える二時間の舞台だった
私の人生まだまだこれから
でも明日は分からない pic.twitter.com/FYhJ8g3hRR— 🍀 (@aonoahiruhair) November 4, 2018
1963年は、舞台『コンサート形式によるミュージカルの夕べ』に私財を投じ、上演を成功させたことがあります。
草笛さんの本気度が伝わってくるすごいエピソードですが、当時の思いの強さには、前年の離婚も影響していました。
芥川さんと別れたことがきっかけで、「噴火したい」という気持ちが湧いてきたそうです。
おそらく、離婚によってもやもやした気持ちを抱えていたのでしょう。
そんなストレスを吹き飛ばすため、舞台のために全力で行動したくなったのかもしれませんね。
草笛光子の家族まとめ
芥川さんとの離婚後、独身を貫いてきた草笛さんですが、他に家族はいるのでしょうか。
短い結婚生活の中で子供は産んでいません。
著名な家族としては、母、妹、弟が挙げられるため、順番に見ていきましょう。
母は富田登美恵さん。
娘のマネージャーとして、いつも親子で芸能界を生き抜いてきました。
92歳で亡くなりましたが、草笛さんは今でも母を思い出し、号泣することがあるようです。
母との思い出のため、足首に赤い糸を結んでいるといいますから、強い信頼関係で結ばれた親子だったことがうかがえます。
妹は、1937年生まれの女優である富田恵子さん。
姉ほど知名度は高くないものの、数多くの舞台や映画に脇役として出演し、活躍しています。
今井の奉公人役の冨田恵子さんは草笛光子さんの妹さん。#冨田恵子#黄金の日日#先陣争い#BSプレミアム pic.twitter.com/ocPrYFd3yd
— 迷人⍟Q太郎 (@qtarox007) January 29, 2022
演劇界の栄誉ある賞、菊田一夫演劇賞も受賞しているため、実力ある役者といえるでしょう。
弟は占い師で気学師の富田直幹さん。
1924年に日本で創始された占星術である気学を専門とし、気学団体「妙気会」に所属しているとのことです。
そうだったんだ
草笛光子さんの弟さんは妙気会の富田直幹さんですか〜ほほー
妙気会…よく知りませんけどねw— じんゆうあん (@jinyu117) January 1, 2021
多才で個性的な人が多い家系であることがわかりましたね。
草笛光子は宝塚出身ではない
最後に草笛さんが宝塚出身という情報に迫ります。
ネット上には草笛さんが宝塚OGという情報がありますが、これは誤りです。
実際に所属していたのは、SKDという略称で知られる、松竹歌劇団でした。
かつて倍賞千恵子さんも所属していた、宝塚と並んで人気と実力を誇った歌劇団です。
草笛光子さん、1950年にSKD入団てことは芸歴70年!?
終戦直後の松竹歌劇団、川路龍子・小月冴子・曙ゆり男役トリオの大全盛時代を知る、貴重な生き証人。
草笛さんといえば雲上人だが、一番最初のホームグラウンドが浅草というのが嬉しい。
今の草笛さんカッケー、カッコよすぎる… pic.twitter.com/oRAC4uYK08— 小針侑起 (@peragoro22) August 2, 2020
1950年、5期生として入団し、深草笙子さん、淡路恵子さんと「スリーパールズ」というユニットで人気を博します。
在籍中の53年、松竹映画『純潔革命』で銀幕デビューを果たしました。
翌年にSKDを退団し、東宝の専属となり、多くの映画に出演しています。
華やかな雰囲気と、高い歌唱力で、宝塚出身という印象がついてしまうのは無理もありませんね。
1950年から70年以上、現役で活躍している草笛さん。
年齢を重ね、さらに輝きを増していく大女優の姿に、憧れのまなざしを向ける人は多いでしょう。
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