淡島千景、夫や結婚なく生涯独身。淡路恵子と仲良し。岸信介や森繁久彌と交際?死因はがん

小津安二郎や今井正などの名作映画に出演し、日本映画黄金期を支えた大女優・淡島千景(あわしま ちかげ)さん。

宝塚出身らしい華やかな雰囲気をまといながら、庶民的な役柄も演じられる実力派女優でした。

手塚治虫は彼女の熱烈なファンだったため、『リボンの騎士』に登場するサファイア王女のモデルにしたともいわれています。

今回は淡島さんの、ベールに包まれていた私生活に迫りましょう。

夫と結婚について、女優の淡路恵子さんとの関係、岸信介と森繁久彌さんとの交際の噂を確認します。

併せて死因についても見ていきましょう。

淡島千景のプロフィール

愛称:おけいちゃん、けいちゃん

本名:中川慶子

生年月日:1924年2月24日

死没:2012年2月16日

身長:不明

出身地:東京都

最終学歴:成蹊高等女学校(現在の成蹊中学校)、宝塚音楽舞踊学校

淡島千景に夫や結婚はなく生涯独身

淡島さんの夫と結婚について、気になる方も多いでしょう。

しかし彼女は生涯独身でした。

交際の噂が立った男性は数知れないものの、実際に結婚に至った男性は1人もいません。


おそらく仕事熱心で、女優業に専念するために家庭を作らなかったのでしょう。

淡島さんの死後、彼女は「浪費家だった」という噂が流れました。

6,000万円の借金騒動が起こったためで、生前莫大なギャラを使い切ってしまっていたという噂につながったのです。

しかし親交のあった女優の淡路恵子さんによると、「仕事熱心で、浪費とは無縁だった」ということでした。

実際のところ、借金は淡島さん自身が作ったのではなく、マネージャーが熱海のホテル経営に失敗したため生じたのだそうです。

事業に失敗後、マネージャーは借金を残したまま亡くなります。

お金の管理をマネージャー任せにしていた淡島さんは、亡くなる直前に事実を知ったようです。

金銭面は他人任せにしていたことからも、自分はとにかく仕事に集中していたことがうかがえます。

女優としての仕事に情熱を注ぎ、生涯独身を貫いた淡島さん。

結果的に仕事以外のことに注意が向かず、思わぬ損害を被ってしまったといえそうです。

戦争の影響で出会いが少なかった?

淡島さんは仕事熱心ではありましたが、独身の理由には戦争も関係していたようです。

人気番組『徹子の部屋』に出演した際、同じ独身女性である黒柳徹子さんとトークがはずんでいた淡島さん。

その中で、戦時中は男性との出会いが少なかったことを明かしていました。

淡島さんは、第二次世界大戦が始まった1939年に宝塚音楽舞踊学校へ入学。


その後、1941年から1950年まで宝塚歌劇団で活躍していました。

在団中は久慈あさみさんや南悠子さんと一緒に『東京の三羽烏』とも呼ばれ、高い人気を獲得しています。

それほど魅力的な女性に男性が興味を示さないはずはありませんが、戦時中ゆえに人数は少なかったのでしょう。

当時の淡島さんに運命的な出会いがあれば、結婚していた可能性もあるのかもしれませんが、現実は違いました。

淡島さんの他にも、出会いに恵まれなかった女性は多いのでしょうね。

気になっていた男性と離れることになり、それっきり会えない経験をした人などもいたのでしょう。

戦争は本当にひどいものです。

ですが、仕事を続けられたのはよかったですね。

時代が時代だけに、本当に好きな何かを諦めなければならない人もたくさんいたはず。

宝塚で女優の仕事に打ちこめるのは、当たり前のことではなかったでしょう。

そう考えると、役者という仕事に全力で取り組んでいた気持ちも、わかるような気がしますね。

既婚女性の役は演じている

生涯独身を貫いた淡島さんですが、長い芸能活動の中で既婚女性を演じる機会は何度もありました。


そんな出演作品を見て、感動した人も多いことでしょう。

こうした作品が強く心に残っていると、淡島さんに既婚者のようなイメージを抱く人もいるかもしれません。

ドラマの中で結婚していて、年齢的に既婚でもおかしくないような場合、勘違いする可能性はありそうです。

しかし、淡島さんが独身だったことは間違いありません。

既婚の役がとても合っているように感じるなら、それほど役になりきっていたということかもしれません。

淡路恵子とは仲良し

淡路恵子さんは淡島さんのことを、「お姉ちゃま」と呼ぶほど慕っていました。

淡路さんは本名を「井田」といいますが、淡島さんに憧れて、「淡路」という芸名を選んでいます。

2人は『駅前シリーズ』を始めとした多くの映画や、舞台『毒薬と老嬢』で共演してきました。

初めて出会ったのは1949年。

宝塚の舞台を観た淡路さんが、淡島さんの演技に感動し、「淡島さんの実の妹です」と嘘をついて楽屋へ入ったそうです。


その後、1953年の映画『美貌と罪』で、2人は実際に姉妹役として共演しています。

淡路さんの行動力に加え、嘘をついたにもかかわらず受け入れてくれた淡島さんの優しさが、つないだ縁だったのでしょう。

仕事のみならずプライベートでも、姉妹のように仲が良かったそうです。

淡島さんの臨終にも、淡路さんは実際の家族と共に立ち会いました。

62年間にわたる長い交流期間は、2人にとってかけがえのない財産だったことでしょう。

岸信介や森繁久彌と交際説も証拠はない

生涯独身を貫いた淡島さんですが、元総理の岸信介、さらに俳優の森繁久彌さんと交際していたという噂があります。

しかしいずれも噂の域を出ていません。

岸信介については、もしかすると彼が淡島さんを自宅に呼び寄せ、一緒に過ごした可能性はあるでしょう。

ただし合意の上だったかは謎ですし、スキャンダル好きの誰かが噂を流しただけという印象もあります。

森繁さんについても、淡島さんがあまりに仕事熱心でストイックなため、交際には発展していないようです。

「淡島千景には手が出なかった」と、森繁さん自身が語っています。

多くの女性を口説いてきたプレイボーイですが、男より仕事へ情熱を注ぐ淡島さんには、近づきがたかったはず。

したがって、交際については根拠のない噂だったといえるでしょう。

淡島千景の死因は膵臓がん

淡島さんは2012年、膵臓がんで87年の生涯を閉じました。

前年に遺作『渡る世間は鬼ばかり』の収録中に体調を崩し、検査を受けた結果、がんが見つかったそうです。

すでにステージ4という末期まで進んでいたものの、周囲は淡島さん本人に知らせませんでした。

末期だからこそ、最後まで仕事に集中できるように、という配慮だったのでしょう。


仕事人間だった人柄がうかがえるエピソードですね。

家族と、妹のようにかわいがっていた淡路さんに看取られ、見事な女優人生に幕を下ろしました。

淡島さんが遺した軽妙で親しみやすい数々の名演は、今後も色あせずに輝き続けることでしょう。

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