恵俊彰の大学。慶応大合格も浪人で高卒?お金持ちと噂の実家、家族について

恵 俊彰(めぐみ としあき)さんは情報番組で政治や時事ネタをバサバサ斬る名司会者です。

頭の回転が良いことから学歴が気になりますが、意外にも大学に入学していませんでした。

今回は恵俊彰さんの大学を浪人した理由やお金持ちと言われる実家について見て行きます。

恵俊彰の最終学歴は高卒だった

まずは恵俊彰さんが意外にも大学に進んでいなかった件を見て行きましょう。

恵俊彰さんの学歴自体は立派なもので、鹿児島大学教育学部附属小学校に入学し、鹿児島市立甲南中学校を経て県内有数の進学校「県立甲南高校」へ進んでいました。


ちなみに、甲南中学校と甲南高校は名前が同じでも中高一貫校ではありません。

甲南高校は2021年現在でも鹿児島県でトップクラスの学校として知られており、偏差値も恵俊彰さんが入学した当時から現代に至るまで60台半ばから70台前半をキープしています。

ここまでの経歴を見ると並の大学どころか一流大学に進学していても不思議ではないですよね。

実は高校時代を通じてそれほど勉強に打ち込んでいなかったらしく、ゲームセンターで補導をされたり飲酒で謹慎になるなど素行の良い生徒ではなかったそうです。

それでも早稲田大学への進学を志望しており、困難な大学受験に挑戦することになりました。

高校3年次の受験に失敗後は上京して有名な”駿台予備校”に通い、早稲田大学の合格を目指したものの「3浪」したことにより同大学への入学を諦めて東放学園専門学校に就職。

以上のことから、恵俊彰さんの最終学歴が大卒ではなく高卒であることが確定しています。

地頭は良かったものの、高校時代に遊んだツケが受験に回ったと言えるかも知れませんね。

恵俊彰は慶応に合格したが早稲田に行くために浪人?

次は早稲田大学に行くために慶応大学の合格を蹴って浪人を選んだ噂を見て行きます。

恵俊彰さんは2001年に出演したバラエティ番組で慶応大学に合格したものの、早稲田大学を目指していたことから入学をせずに浪人生活に入ったと発言していました。

いわゆる「早慶」は私立大学のトップとして世間に知られ、レベル的に大きな差はありません。

では、なぜ恵俊彰さんが早稲田大学にこだわったのかが気になりますが、前述の番組で”早稲田大学の文学部演劇科(演劇映像コース)を目指していた”と具体的な話をしていました。

重要なのは文学部よりも”演劇科”らしいので、演劇自体に対してこだわりがあったのでしょう。

実際、タレントになってからも大河ドラマ「毛利元就」や「下町ロケット」など数多くの作品に出演しているので、演劇に対する興味や情熱は人一倍だったことが伝わって来ました。

ちなみに、早稲田大学のサークル「演劇研究会」は森繁久弥さんや鴻上尚史さん、堺雅人さんなど数多くの俳優や脚本家を輩出した歴史があることでも知られています。

仮に早稲田大学に合格していたら名優になった可能性も十分ありますが、タレントの”恵俊彰”ほどメディアで大活躍できていたかどうかは微妙なところでしょうね。

家族や実家は会社経営でお金持ち?

最後に恵俊彰さんの家族や実家についてチェックしておきましょう。

恵俊彰さんの実家は祖父の積五郎(せきごろう)さんが興した「恵大島紬織物株式会社」を経営しており、父親の美知雄(みちお)さんが職人として跡を継いでいました。

同社は「白恵泥」という白泥染に関する特許を取得するなど業界では有名な会社です。

美知雄さんは職人としてだけでなく経営者としても優れていたそうで、主に男性向けだった大島紬に女性用商品を新たに加えるなどして会社の規模を大きくしていました。

そのことからも、規模は不明ながらも恵俊彰さんの実家が裕福なのは間違いなさそうです。

母親は祥子(読み方不明)さんといい、京都市出身なので織物関係の人と言われていました。


兄弟は兄と2才年上の姉が居るそうですが、ふたりとも詳しい情報は見つかっていないので芸能関係ではなく一般人として家業に携わっているのかも知れませんね。

恵俊彰さんが演劇に憧れた背景には「職人一家」の遺伝子が影響していた可能性もありますが、タレントも自分を魅せる芸術家なので血筋は活かされていると言えるでしょう。

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