和泉元彌と嫁・羽野晶紀の離婚危機その後。息子も狂言師に。家はどこ?

一時期は母親の和泉節子さんとともに連日メディアをにぎわせていた和泉元彌(いずみもとや)さん。

嫁の羽野晶紀さんとの別居が報じられるなど離婚危機がささやかれましたが、その後どうなったのでしょうか。

テレビ出演で話題を呼んだ息子・元聖(もときよ)さんのことも気になりますね。

節子さんいわく、和泉家は昔のしきたりにとらわれず世帯ごとに生活しているとのことですが、元彌さん一家の家はどちらにあるのでしょう。

和泉元彌のプロフィール

本名:山脇 元彌 (やまわき もとひさ)

生年月日:1974年6月4日

身長:170cm

血液型:A型

出身地:東京都板橋区 (出生地は岐阜県)

学歴:青山学院大学 (文学部)

和泉元彌の嫁は6歳年上の羽野晶紀

大河ドラマ『北条時宗』の主演やプロレス参戦など、狂言以外の多彩な活動でも知られる和泉元彌さん。

野村萬斎さんと並んで一般的に認知度の高い狂言師ですね。

父は和泉流19世宗家・和泉元秀さんです。


1995年6月、父が公演中に倒れると、21歳の元彌さんは宗家襲名披露公演を行って自ら20世宗家を名乗ります。

ところが宗家継承は能楽宗家会の承認を得ておらず、正式な手続きをふんでいなかったこともあり、問題になってしまいます。

さらに元彌さんの公演ドタキャン騒動や能楽協会への批判などが「秩序や伝統を乱している」と判断され、能楽協会から退会処分を受けることに。

2021年現在、能楽界で元彌さんを和泉流20世宗家と認める団体はありません。

能楽界における退会命令というのは除名に次ぐ重い処分だそうですが、復帰の可能性はゼロではないとのこと。

また狂言活動そのものへの拘束力もなく、20世宗家を名乗ることも可能なのだそう。

近年も狂言ライブは開催していますから、自主公演はOKで、能楽協会関連の舞台には出演できないということなのでしょう。

6歳年上の女優・羽野晶紀さんと結婚したのは2002年1月のことでした。

馴れ初めは1998年の舞台『ロミオとジュリエット』での共演。

ジュリエットを演じた晶紀さんは、当時アイドル並みの人気を集めていた劇団☆新感線の看板女優。

ところが、愛息が芸能人と結婚することが嫌だったセッチー(節子さん)の存在もあり、ゴールインにいたるまでには紆余曲折があったようです。

伝統を重んじる古典芸能の家柄でありながら授かり婚になったのは、セッチーに有無を言わせないための強攻策だったのではないかとみる向きも。

羽野晶紀さんは芸能活動をやめるという条件を出されたらしく、結婚を機にいったんは芸能界から離れます。

和泉元彌の息子・元聖も狂言の道へ!

結婚した年には長女・采明(あやめ)さんが、2004年7月には長男・元聖(もときよ)さんが誕生しました。

采明さんは2006年に国立能楽堂で初舞台。

元聖さんは姉に遅れること2年あまりで初舞台を踏んでいます。

和泉家では早くも元聖さんを21世宗家継承者と呼んでいるのだそう。

両親ともに子供たちの話題や画像を頻繁にブログにアップしているのはPR活動の一環でしょうか。

2020年2月放送のバラエティ番組には元聖さんが登場し、采明さんもVTR出演。

息子のキリッとした凛々しい顔立ちはどこか父親を思わせます。

娘の采明さんは母親似のようですね。

今後は元彌一家でテレビ番組に出演する機会も増えてきそうです。

稽古では子供たちに厳しく指導するという元彌さん。

自身も1歳半の頃から父のもとで厳しい稽古を積んできた立場です。

子供たちが稽古を投げ出さずにがんばっているのは、父の真剣さや愛情を感じとり、期待に応えたいという思いがあるからでしょう。

報じられた離婚危機、その後どうなった?

過去には夫妻の離婚危機がささやかれたこともありました。

2007年9月にはスポーツ紙やワイドショーが二人の別居を報道。

内容は、晶紀さんが子供を連れて実家に帰ったというものでした。

元彌さんとセッチーは別居生活を否定し、晶紀さんは母親の看病で帰っただけと説明します。

その後、妻と子供たちの家財道具が運び出されて別居の事実が報じられると、別居は「別火」のためと元彌さんは弁明。

「別火」とは、けがれを避けるために炊事の火を別にすること。つまりは生活を別にすることなのだそう。


芸事のうえでの儀式というのが元彌さんの言い分だったわけですが、晶紀さんは、メディアから子供たちを守るためと語っています。

同年11月、別居中の妻は5年ぶりに芸能活動を再開。

翌2008年早春には元彌さんが通い婚をするようになり、まもなく別居生活はめでたく解消。

以降は、まるで離婚疑惑などなかったかのように家庭円満なようすをみせている夫妻です。

この騒動では双方とも離婚は否定していたのですが、邪推をすれば、一時は本当に離婚の入り口に立っていたのかもしれません。

晶紀さんの芸能界復帰は、姑であるセッチーの意に反することは明らかです。

元彌さんが妻のもとに足しげく通いつめたことで離婚の危機を脱することができたのではないかという気もします。

和泉元彌の家は文京区?

和泉家は、元彌さん一家、長姉の淳子さん一家、次姉の10世三宅藤九郎(祥子)さんと節子さんの3世帯に分かれていますが、みな遠くない距離に住んでいるそうです。

コロナ禍以前は毎日実家に集まり、稽古をして、一緒に食事をとり、それぞれの家に帰るという生活でした。

実家は東京・板橋区にある事務所を兼ねた戸建て住宅。

元彌さん一家が暮らす家は文京区にあるという見方が強いですね。

子供たちはいずれも文京区立関口台町小学校に通い、元彌さんが送迎したり、PTA会長を務めていたのは有名な話。

ブログ記事からも自宅が文京区にある可能性は高いと思われます。

突然のプロレス参戦など、いったいどこへ向かっているのかわからない迷走もみせた和泉元彌さん。


宗家であるか否かはさておき、伝統芸能の演者の一人として、どのように芸道をきわめるかは自由です。

狂言師として自身の道を自分らしく歩んでほしいところです。

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