高須克弥、資産は100億超えで年収は?家は3軒、愛車歴まとめ。由緒ある家系図だった!

高須 克弥(たかす かつや)さんはアスリート支援をするなど経済的に豊かな印象を受けます。

自身が開業した「高須クリニック」から得る年収や今までに築いた資産も気になりますよね。

今回は高須克弥さんの資産や年収、歴史的事件に接触した先祖などの家系図を見て行きます。

高須克弥のプロフィール

本名:高須 克弥 (たかす かつや)

生年月日:1945年1月22日

身長:170cm

血液型:O型

出身地:愛知県西尾市

学歴:昭和大学(医学部)

高須克弥の資産は100億円を越えている?

まずは高須克弥さんが築いた資産(財産)を見て行きましょう。


高須克弥さんはセレブな生活をしているだけでなく、スポンサーの居ないアスリートへの経済的サポートや被災地への寄付などに多額の出費をしていることでも有名です。

派手な遣いっぷりから資産も相当な額と噂されており、一部では140億円とも言われていました。

高須克弥さんが具体的な資産額について語ることはほとんど無かったものの、2017年にビジネスサイトで行なわれた取材の中で「あと数十億円、使い切って死ぬ」と発言しています。

この発言をそのまま受け取れば「資産は数十億円」と言えるでしょうが、この数十億は全部の資産というよりも流動性資産(現金や預金)など換金性の高い物が多いかも知れません。

代々の土地や家屋は自分の判断で処分できるものでは無いですし、新たに入手した不動産があったとしても買い手の問題や借主が居る場合は処分が難しいので含んでいないはずです。

また、取材の中で「お金は血液のようなもの」との考えを披露しており、稼いだ分は貯め込まずに飲食や投資、慈善活動などに使っているので資産を増やす気は無さそうでした。

また、かなり前に自身が所有していた高須グループの株などを子供たちに譲ったそうなので、インタビューで口にした数十億円は相続分を差し引いた金額と推測することが出来ます。

まとめると、資産はピーク時で100億円以上、生前贈与後は数十億円といったところでしょうか。

高須克弥の年収は億単位

次は高須克弥さんの年収についてリサーチして行きます。

多く見掛ける数字として”年収50億”という噂が出回っていますが、これは自身が開業した高須クリニックの売上(年商)が60億円と発言したことから導き出された様子でした。

60億円はグループ(東京・横浜・名古屋・大阪など)を全て合わせた年商であり、そこから人件費や病院建築費のローン、新しい機材などを差し引くと10億円前後でしょうか。

過去に100億円の借金を10年で返した実績もあるので「10億円」は現実味がある数字です。

また、2018年には地元の西尾市が文部科学省の次官を務めていた前川喜平さんを講演会に呼んだことに激怒し、住民票を違う自治体に移すと通告して話題になっていました。

この騒動を紹介したメディアは推定ながらも「億単位の税収(納税)を失った」と紹介。

個人に掛かる現行の所得税と住民税はそれぞれ最高で45%と10%であることからすると、高須克弥さんの所得は最低でも2億円、年収にすると倍の4~5億円と推測することができます。

もちろん様々な控除や節税方法があるので簡単に計算することは出来ませんが、単純に考えても年収は約10億円で所得も5~6億円ぐらいはあるのではないでしょうか。

一方で西尾市に設立した「医療法人社団 福祉会」は赤字覚悟で地域医療に貢献しており、美容整形で稼いだ利益を同団体へ回せているので倒産せずに済んでいるそうです。


つまり、高須克弥さんは医療における”富の再配分”を自分自身でやっていると言えるでしょう。

美容整形で荒稼ぎをしている印象が強かった高須克弥さんですが、知られていないところで老人介護やリハビリなど生まれ育った地元に還元していることも理解して欲しいところです。

家は愛知県内に3軒あった

ここでは高須克弥さんの家(自宅)について見て行きましょう。

家は愛知県内の3ヶ所(出身地の西尾市と日進市、名古屋市郊外)にあると言われています。

西尾市の家は代表を務める高須病院の隣にありますが、あまり滞在はしていない様子でした。

実は美容整形より高須病院での診療の方が多いらしく、週の半分は現場に出ているそうです。

主に生活をしているのは名古屋市郊外にある家で、2014年6月のフジテレビ「ノンストップ」ではウッドハウス調の落ち着いた内装や運動をする様子が放送されていました。

もっとも、古い放送なので2021年現在も同じ頻度で名古屋市に滞在しているかは分かりません。

もうひとつの”日進市の家”は2019年5月に空き巣被害に遭って大きく取り上げられており、盗まれたのは金の延べ棒など”金7キロ”で被害総額は約3,400万円だったそうです。

しかし、妻と母親の遺骨で作ったダイヤモンドが無事だったと喜んでいたのが印象的でした。

恥ずかしながら遺骨からダイヤモンドが作れることは知りませんでしたが、この様な形であれば加工次第でアクセサリーとして肌身離さずに過ごすこともできます。

世界にふたつとないダイヤモンドを盗られなかったのは不幸中の幸いと言えるでしょうね。

高須克弥さんの家は3軒確認できましたが、都内にもマンションを保有しているかも知れません。

愛車は光岡自動車のオロチ&愛車遍歴

こちらでは高須克弥さんが一目惚れをした愛車について迫って行きます。

高須克弥さんほどのセレブであれば高級外車に乗っていそうですが、愛車は意外にも国産車、しかも大手自動車メーカーではなく「光岡自動車」のオロチに乗っていました。

自動車に詳しい人以外で光岡自動車を知っている人はほとんど居ませんが、高い技術や完全受注生産システムで”自動車通”の間ではかなりの信頼を集めているメーカーです。

高須克弥さんはたまたま見掛けた「オロチ」に一目惚れをして即座に購入。

2014年で生産を終了しているオロチですが、その価格は外車にも負けない約1,300万円でした。

高須克弥さんは車の性能よりもデザインを重視しているらしく、過去に乗ってきた愛車たちもメーカーがバラバラで国産車や外国車などが入り乱れていたそうです。

・マツダ「コスモスポーツ」

・いすず「ベレット 1600GT」

・オールズモビル「カトラス」(アメリカ)

・ゼネラルモーターズ「キャデラック ブロアム」(アメリカ)

・ロールスロイス「シルバー シャドウ」(イギリス)

・フォード「リンカーン コンチネンタル」(アメリカ)

・トヨタ自動車「クラウン アスリート ハイブリッド」

普段は送迎車やタクシーに乗って移動することが多いので実用的な車ではなく、道楽的な要素も大きいので見た目を重視して選ぶのは当然かも知れませんね。

プライベートで運転することは少ないですが、ぜひとも安全運転でお願いしたいところです。

高須克弥の家系図は徳川家康から始まった?

最後に高須克弥さんの先祖や家系図が凄かった件を見ておきましょう。

高須克弥さんによると「高須家」の始まりは天正10年(1582年)頃のことで、元となる高須姓を授けてくれたのは大河ドラマでお馴染みの徳川家康だったそうです。

本能寺の変に巻き込まれて命からがらで逃げてきた徳川家康の怪我を治療したのが”小四郎”という人物で、処置に感謝した家康から庄屋の地位と高須姓、家紋を拝領していました。

高須克弥さんの出身地(愛知県西尾市)は昔だと三河国で徳川(松平)家の本拠地でもあります。

高須姓を拝領後は地元の庄屋や医師として信頼を集め、江戸幕府が成立してからは”尾張徳川家”の庇護下で繁栄を続け、幕末や太平洋戦争を乗り越えて令和まで家名を残しています。

高須克弥さんの祖母(いま)さんは明治期に40人程度しかいなかった女医の1人となり、地元に近代的な「高須医院」を開業して地域医療に貢献をしたことでも知られていました。

実は高須家は男性が生まれにくい”女系家族”だったので婿養子を受け入れて家を存続させていましたが、高須家100年ぶりとなる男子として生まれたのが高須克弥さんだったのです。

いまさんが遺した「常に先駆者たれ」という言葉は高須克弥さんに大きな影響を与えており、海外の美容整形技術を積極的に取り入れたことで「高須クリニック」は大成功しました。

さすがに400年以上昔のことなので全てが真実かは分かりませんが、記録通りならば「うちの先祖は家康を治療した」と言えるので相当かっこいい家系だと胸を張れますよね。


もしも家康が違う道を選んだり、無傷だったなら高須家は生まれていなかったかも知れません。

歴史のある家系図に驚かされましたが、今後の”高須家”がどうなるかも注視しておきましょう。

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