古関裕而の孫は?人柄、吃音症の原因について。友達・伊藤久男とのエピソード

NHKドラマ『エール』の主人公・古山裕一のモデルとして再注目を集めている古関裕而(こせきゆうじ)さん。

鎮魂歌『長崎の鐘』、東京五輪の『オリンピック・マーチ』、甲子園でおなじみの『栄冠は君に輝く』など、歌謡曲、映画音楽、スポーツ音楽など約5000曲もの作品を世に残した国民的作曲家です。

音楽を通して日本人にエールを贈り続けた古関裕而さんはいったいどんな人物だったのでしょう。

人柄に迫りながら、吃音症、孫、友達とのエピソードをまとめました。

古関裕而のプロフィール

本名:古關勇治

生年月日:1909年8月11日

死没:1989年8月18日

身長:不明

出身地:福島県福島市

最終学歴:福島商業学校(現在の福島商業高等学校)

古関裕而の孫は?

古関裕而さんが80年の作曲家人生を閉じたのは、元号が平成に変わった1989年8月18日のことでした。

小学生の時から作曲をはじめ、高校生でクラシックと出会い、やがてクラシックからポピュラーに転向してコロムビアの専属作曲家に。


戦前、戦中、戦後と時代の変遷にともなって、軍歌からラジオドラマの主題歌、歌謡曲、映画音楽、行進曲といった幅広い名曲を残しました。

よく「激動の昭和」という言い方をしますが、まさに激しく揺れ動いた昭和を象徴する作曲家だったといえるでしょう。

古関さんは楽器を使わずにペンと五線紙だけで作曲をしていたといいます。

五線紙に向かうと自然に音楽が湧いてくるとよく口にしていたそうです。

代表曲には「あっ、この曲聴いたことある!」という曲も多いと思いますが、ザ・ピーナッツが歌う『モスラの歌』が小関さんの手によるものということは意外に知られていないようですね。

映画音楽を担当した1961年の『モスラ』の劇中歌です。

ドラマ『エール』は古関さんと彼を支えた妻・金子(きんこ)さんをモデルに描いていますが、あくまでもフィクションです。

ドラマでは一人娘の華が誕生していますが、古関裕而・金子夫妻には3人の子供がいました。

長女の雅子さん、次女の紀子(みちこ)さんは戦前生まれで、唯一の男児である長男が戦後生まれの正裕さん。

2人の娘はともに姓が変わっているので、おそらく結婚しているのでしょう。

古関裕而さんの孫として確認がとれたのが正裕さんの長女である幸子さんでした。

『幸子の子守唄』は古関さんが孫のためにパンチカード式のオルゴールで作った曲。

内孫ということもあって溺愛していたようで、嫁と姑が孫の教育をめぐって衝突するほどだったそう。

幸子さんは、「ママと私とどっちが好き?」とよく祖母に訊ねられたと明かしています。

2021年現在、幸子さんの姓は「松本」になっていることから、やはり既婚と思われます。

古関裕而の人柄、吃音症は本当?

古関裕而さんは福島県福島市で老舗呉服店を営む裕福な家に生まれました。

跡取りのお坊ちゃまとして両親にかわいがられて育ち、やさしくて控えめな人柄だったといいます。

長男・正裕さんが抱く父の印象は、やさしくて穏やかな人。

社交性があり、情熱的な性格の妻と違い、謙虚で照れ屋な人だったようです。

正裕さんはまた、ドラマ『エール』のキャラクターは両親の実像とはだいぶ違うとも。

実際の古関さんは感情をあらわにする人ではなく、口数も少なく、それでいて芯の強い人。

ドラマで描かれた東京五輪の開会式のシーンのように、大舞台で物おじして逃げだすということはありえないそうです。

開会式当日、ご本人は招待席で愛用の8ミリカメラで開会式のようすを夢中になって撮影していたのだそう。

こうした証言からは、東北人らしい粘り強さや意志の強さを感じますね。

ドラマの視聴者のなかには、窪田正孝さん演じる古山裕一役の吃音症が気になる人も多かったようです。

この演出は実話であり、古関裕而さんは子供の頃から吃音症があったそう。


劇作家・菊田一夫さんとの対談でも自身の吃音に触れており、ご本人いわく、小学生の時にクラスにひどい吃音の友達がいて、真似していたら自分もなってしまったとのこと。

ちなみに菊田一夫さんにも吃音の傾向があったそうで、こちらは10代の半ばからだったと明かしています。

古関裕而と友達・伊藤久男のエピソード

親交が深かった人々のなかには、師と仰いだ菅原明朗さんや、タッグを組んで多くの曲を生んだ作詞家の野村俊夫さん、さらに名コンビとして演劇史上に大きな足跡を残した菊田一夫さんらがいます。

ですが、今回はドラマでも主人公の友達として描かれた佐藤久志役のモデル・伊藤久男さんに注目します。

伊藤久男さんは古関さんや野村さんと同じく福島県出身で、彼らとともに「コロムビア三羽ガラス」と呼ばれた人気歌手。

特に古関メロディーを多くレコーディングしており、ヒット曲に『暁に祈る』『イヨマンテの夜』『君いとしき人よ』などがあります。

古関作品のクラシックの格調と伊藤久男さんのドラマティックで力強い歌唱がぴったりとマッチして、彼らのコンビは続いていきます。

古関裕而さんは実力派の歌手にも恵まれたといえますね。

なかでも広く知られるのは高校野球大会歌として親しまれる『栄冠は君に輝く』でしょう。

さまざまなアーティストや合唱団が歌っていますが、やはりオリジナルの伊藤久男バージョンは別格です。

じつは伊藤さんは、古関さんの妻・金子さんと帝国音楽学校で声楽を学んだ仲間でした。

下宿が近く、同郷出身ということもあって、古関家にはよく遊びにきていたそうです。

1982年、伊藤さんは日本レコード大賞特別賞を受賞しますが、この時は自宅中継となり、制定委員だった古関さんが受賞楯を手渡すことに。

伊藤さんが公の場に姿を見せたのはこの時が最後になりました。

ドラマ『エール』をきっかけに古関裕而さんを知った人も多いのではないかと思います。

とかく暗いニュースに沈みがちな昨今、その清らかで明朗なメロディーに背中を押された気がした人も多かったのではないでしょうか。


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