うつみ宮土理の現在。韓国留学、夫・愛川欽也との結婚。父親との関係とは

トークが楽しく、司会進行もお上手なうつみ宮土理さん。

うつみさんが出演する番組を見ると、いつでも元気いっぱいで、エネルギーを分けてもらえるように感じさせられます。

ただ、最近、テレビの露出が控えめなようで、現在どのようにしていらっしゃるのでしょうか。

また、韓国に留学されたことや、亡き夫・愛川欽也さんとの結婚、そして父親について調べてみました。

うつみ宮土理のプロフィール

愛称:ケロンパ

本名:井川三重子(いかわみえこ)

生年月日:1942”N(昭和17年10)月1日

身長:156cm

出身地:東京都世田谷区

最終学歴:実践女子大学

所属事務所:愛川企画室

うつみ宮土理の現在

2015年にうつみ宮土理さんの夫・愛川欽也さんが享年80歳でこの世を去りました。

お二人はおしどり夫婦として知られるほど仲が良さそうに見えていたので、うつみさんの落ち込み、お察しします。


しかしその辛い気持ちを忘れさせるほど大変だったのが、遺産相続問題。

愛川欽也さんには前妻と2人のお子さんがおり、さらに愛人までいたようで、10億円以上とも言われる遺産で大揉めに揉めたのです。

もともと明るいうつみ宮土理さんは、次第に少し芸能界のお仕事をするようになりました。

ラジオ番組「うつみ宮土理のおしゃべりしましょ」で、平日毎朝5分という短い放送枠なのがちょうど良く、2週間ごとにまとめて収録しているようです。

その他にはは単発のお仕事をポツポツと入れているとのことです。

空いている時間はよく食べよく運動し、健康に気をつけているうつみさん。

大好きな韓国ドラマを見ながら韓国語を勉強するなど、1人の時間を楽しんでいるようです。

韓国留学をした理由

2003年に韓国ドラマ「冬のソナタ」で韓流ブームに一気に火がつき、主婦層を中心に多くの日本人が韓流のとりこになりました。

うつみ宮土理さんもその1人で、どんどん韓流にハマっていったそうです。

当時のお気に入りの韓流スターは、イケメンで演技も上手いチャン・ドンゴンさん。

そして、アンチエイジングに語学学習がとても良いということを知り、韓国留学を即決したのです。

2007年、当時65歳だったうつみさんは3ヶ月間の短期間でしたが、ソウルのキョンヒ大学語学堂に留学しました。

語学堂で学習するのは午前中で、その後の時間も家庭教師をつけて韓国語を勉強しました。

うつみさんは、大学で英文学を専攻しており、語学を取得するにはとにかく一気に集中する必要があることをご存知だったのでしょう。

韓国では語学だけではなく、韓国の文化も肌で感じ、多くのことを学んで帰国されたうつみ宮土理さん。

そこには、愛川欽也さんの後押しや励ましもあったといいます。

うつみ宮土里さんは帰国されてからも、「ゆるゆる韓国語講座」という動画を撮影するなど、留学で得たことを生かして活躍しています。

夫・愛川欽也との結婚

うつみ宮土理さんと愛川欽也さんが結婚したのは、1978年、当時うつみさんが36歳、愛川さんが44歳の時でした。

2人はトークバラエティ番組「シャボン玉こんにちは」で司会をしたのがきっかけで仲良くなり、お付き合いが始まったといいます。

しかし、当時愛川さんには奥さんと子供がいたので、2人の間柄は「不倫関係」でした。

ですから愛川さんが前妻さんと離婚した翌日に再婚したことが知られると、大騒ぎになり、マスコミに色々書かれました。

結婚してからの2人はとても仲がよく、うつみさんは、愛川さんが仕事好きで幸せそうに食べるところが大好きだったそうです。

しかし2007年、当時73歳だった愛川欽也さんが当時28歳だった劇団女優との不倫報道が出ました。

普通そんなことになったら、妻は泣くか怒るかでしょうが、うつみさんは「カッコいいじゃん」の一言でマスコミを一蹴。

この強い精神力はどこから来たのでしょうか。

うつみ宮土理の父親

うつみさんで検索すると、「父親」というキーワードが付随します。

お父さんは造園業を営んでおられたそうです。


宮土理さんは中学校から大学まで私立に通われていたので、裕福なご家庭だったと察します。

お父さんからの教えは、「植物もほめると美しい花を咲かせる。人間はもっと理解できるので、ほめてあげなさい」というものだったそうです。

うつみさんが「ロンパールーム」の先生役で子供達からも人気があったのは、その教えが伝わっていたこともあるかもしれません。

一方、「うつみ宮土理さん 父親」で検索すると、亡き夫・愛川欽也さんの出生のことが出てきます。

そちらについても少し触れてみることにしましょう。

愛川さんは以前に自伝的小説「泳ぎたくない川」を執筆されています。

そこには戦争の体験が書かれているのですが、ご自身の生い立ちについても触れています。

愛川さんのお母さんは、子供ができたら当時付き合っていた男性と結婚できると信じて身籠りました。

そのお腹の中にいたのが、愛川欽也さんだったのです。

しかし、結婚できるというのはただの口約束で、次第に男の人はお母さんから離れて行きました。

その男の人、つまり愛川さんの父親は1946年に病気で亡くなってしまったそうです。


愛川さんはお父さんについてはこのような経緯がありましたが、お母さんの愛情をいっぱい受けて育って明るく幸せそうな方になったのでしょう。

うつみ宮土理さんのお父さんに関する話とは真逆のような内容ですね。

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執筆・編集者

俳優やモデルなど若手芸能人からベテランまで、広いジャンルの記事寄稿。