おおたわ史絵、母の手術と病気、依存症について。勤務先の病院&刑務所での非常勤医師

おおたわ 史絵(ふみえ)さんは医師だけでなくコメンテーターとしても知られています。

私生活では母が依存症だったことを明かし、その経験は後の活動に活かされていました。

今回はおおたわさんの母や勤務先、矯正施設での診察などをチェックしていきましょう。

おおたわ史絵のプロフィール

本名:大多和 史絵 (おおたわ ふみえ)

出生名:塚部 史絵 (つかべ ふみえ)

出身地:東京都

生年月日:1964年10月15日

マネジメント先:オフィス・トゥー・ワン

備考:1992年に同い年の歯科医・大多和昌彦さんと結婚

おおたわ史絵の母が薬物の依存症になった経緯

まずはおおたわ史絵さんの母親が依存症だった件について見ていきましょう。

一般的に依存症と聞くとアルコールやギャンブル、違法ドラッグなどを思い浮かべますが、おおたわさんの母親は鎮痛剤を多量に摂取するというタイプの薬物依存症です。


母が使用していた鎮痛剤は注射製剤の「オピオイド」という薬で、医師をしていた夫(おおたわさんの父)が痛みに苦しむ妻を見かねて投与をしたことが始まりでした。

オピオイドは麻薬性の鎮痛薬だったことから常習癖がついてしまい、母は夫の目を盗んで薬を持ち出し、幸か不幸か看護師だった経験を活かして自分で注射を繰り返したのです。

また、高校生だったおおたわさんに「打って」とお願いしたということもあったらしく、実の母が壊れて行く様子を目の当たりにした辛さは相当なものだったでしょう。

そもそも、なぜ母がここまでの苦痛に襲われていたかというと、10歳の頃に虫垂炎をこじらせて腹膜炎になってしまい、10回以上の手術を繰り返したことが背景としてありました。

そのことから家のことは母ではなく住み込みの家政婦さんが担当しており、おおたわさんは取材の中で「育ての母は家政婦さんだった」と複雑な家庭環境だったことを告白。


おおたわさんがメディアで活躍する頃になっても母の状態は改善せず、それどころか薬を出さない父に対して暴力を振るうまでに悪化して家族は心身ともに疲弊しました。

その後、父は2003年に肝臓がんで亡くなってしまいましたが、母は新たな依存先となった”物欲(買い物依存)”を満たすためのテレビショッピングに夢中で葬儀も欠席したそうです。

父を失ったおおたわさんは心身の健康を守るために親子の関係を捨てる決意を固め、2013年に母が自宅で心臓発作による孤独死をしているのを発見するという悲しい結末を迎えました。

鎮痛剤が手に入りやすい環境だったことが依存症へと繋がり、一時的な安寧と引き換えに家族が崩壊してしまったというのは悲劇というよりほかありません。

しかしながら、おおたわさんは母との関係や依存症から多くを学び、後半の項目で紹介する矯正施設での勤務に繋がったのは「災い転じて福となす」と言えるでしょう。

おおたわ史絵の勤務先の病院について

次はおおたわ史絵さんが勤務する病院について見ていきます。

おおたわさんは東京女子医科大学(医学部)を卒業して総合病院の救命救急医療チームで2年ほど研修医をしていますが、当時の勤務先が分かるような情報は確認できていません。

研修医の期間が終わって独り立ちする直前に心身の疲労から現場を離れたものの、2003年からは父親が遺した都内の医療法人「綾瀬中央診療所」を継いでいました。

しかし、頼りにしていた医師が体調を崩したことや様々なトラブルが重なって2017年に閉院していますが、2021年現在も診察が行われているので別の人が継いだと考えられます。

その後については「都内のクリニックで非常勤」と紹介しているプロフィールもあることから、勤務先を公表せずにどこかの病院で患者さんと向き合っているのかもしれません。

また、2020年7月2日のニッポン放送「垣花正 あなたとハッピー!」に出演した際、新型コロナの院内クラスターで話題になった永寿総合病院に勤務していたと明かしていました。

どの時期に勤めていたかまでは明かしていなかったものの、おおたわさんが色々な病院で多くの患者さんに接していたことだけは間違いないと断言して良いでしょうね。

現在は刑務所などの矯正医療に従事

最後におおたわ史絵さんが矯正医療に携わっている件を見ておきましょう。

おおたわさんは2017年の診療所閉鎖と同じ頃に「総合内科専門医」の試験に合格し、同じタイミングで矯正医療(刑務所などでの医療)を知って迷わず手を挙げたそうです。

言葉の「矯正」だけだと歯の矯正と勘違いしてしまう方もいらっしゃるでしょうが、正しくは矯正教育を行う施設(刑務所や少年院)で治療に当たる医師ということになります。

おおたわさんは母親の薬物依存症を見ていた経験を活かせる分野だと直感し、携わってからは「私はこの仕事をするために医者になった」と確信するほどになっていました。

主な勤務先は横浜市にある「横浜刑務所」で、非常勤医師(週2程度)として在籍しているだけでなく施設のイベントなどもブログで発信して差別や偏見の改善に取り組んでいます。

矯正医療は通常の病院に比べて薄給で多忙と条件は良くないですが、依存症の受刑者を救うことが助けられなかった母親への”贖罪(しょくざい)”になるとも言えるでしょう。


おおたわさんは矯正医療に「笑いの体操」を採り入れるなど様々な試みをしており、再犯率の低下という目に見える結果に繋がることを祈りつつ患者の治療に励んでいます。

しかし、受刑者の人が立ち直るにはおおたわさんのような専門医の治療だけでなく、社会を構成する私たちが理解を深めて協力することが必要なのは言うまでもありません。

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