江川卓の球速。全盛期の高校時代は170km?ホップするストレートで時代を築く

江川 卓(えがわ すぐる)さんは日本球界の中でも屈指の好投手として知られています。

特にストレートの速さ話題になっており、170kmを超えているという噂もありました。

今回は江川さんの球速やストレートに関するエピソードをチェックしていきましょう。

江川卓のプロフィール

本名:江川 卓 (えがわ すぐる)

身長:183cm

出身地:福島県いわき市

生年月日:1955年5月25日

所属球団:阪神タイガース (1979) / 読売ジャイアンツ (1979~87)

全盛期(高校時代)の江川卓は170kmを出していた?

まずは江川卓さんの全盛期の球速について見ていきましょう。

アスリートの全盛期をどこかと決めるのは難しいですが、球速に限ると江川さんの全盛期は読売ジャイアンツに入団する前の「作新学院高校」の頃と言われています。


中でも高校3年時(1973年)に出場した「第45回選抜高等学校野球大会 (春のセンバツ)」では大変な注目を集め、当時の関係者からも球の速さに関して多数のコメントがありました。

当時は今の時代と違って各球場にスピードガンが配置されておらず、仮にあったとしても精度が非常に悪かったことから実際の球速とかなり差があると言われています。

また、スピードの判定をリリース直後の「初速」とするかベース上の「終速」とするかで話は変わりますが、江川さんの場合は「終速」でも150kmあったというデータもありました。

もっとも、これは広島スカウトだった木庭さんの簡易スピードガンによるものなので精度は不明ですが、事実だとすれば「初速」は160km前後あったと推測できるでしょう。

この点に加えて江川さんのストレートはキレと回転が凄く、バッターボックスに立つと数字以上に速く感じるそうなので体感に直すと170km近くあったとしても不思議ではありません。

さらに付け加えると江川さんはストレートとカーブを織り交ぜた緩急のある投球をするので、変化球との組み合わせによって体感速度を上げることも可能だったと考えられます。

平成の怪物と言われた松坂大輔さんを育てた横浜高校の渡辺元智さんも”江川の方が断然速い”と述べるなど、数多くの関係者やレジェンドから高い評価を受けていました。

もちろん、正確な数字として「170km」は確認されていないので推測の域を出ませんが、テクノロジー無き時代に生まれた伝説として語り継がれていくことでしょう。

プロに入ってから江川卓の球速が落ちた理由

ここでは江川卓さんの球速がプロ入り後に落ちたという点を見ていきます。

江川さんが読売ジャイアンツに入団してから記録した最高速は154kmですが、残っている試合映像のスピードガンで表示されている球速は「135km~140km」が半数以上でした。

球速が落ちた原因は江川さんが球界でも有名な練習嫌いだったこと、そして法政大学2年の時に右肩を疲労骨折したことが大きな身体的理由と言われています。

一方、プロの選手になったことで良い意味で力を抜くことも覚えたらしく、全力を出さなくても抑えられる場合には球速よりもコントロールを重視して体力をセーブしていました。


この成果もあったのか、通算成績でも252試合に先発をして110完投を成し遂げています。

当時は今の時代ほど投手の分業制が進んでいなかっただけでなく、先発投手がひとりで最後まで投げ切るというのは”一種の誇りだった”ことが伺えるデータでした。

ちなみに、掛布雅之さんや山本浩二さんといった宿命のライバルとの対決では150km台を連発しているので、球速自体が大きく落ちたというのは正しくないと言えるでしょう。

江川卓のホップするストレートは威力バツグンだった

最後に江川卓さんの代名詞「ホップするストレート」に触れておかねばなりません。

江川さんのストレートは急速以上に回転数(スピン)が他の投手よりも優れているそうです。

通常であれば重力(引力)によってボールは少しずつ下がっていきますが、江川さんのようにスピンが効いていると手元に来たタイミング「ググッ」とホップするのが特徴でした。

打者からするとスピードが落ちて来るはずの球がもうひと伸びすることから差し込まれ、ボールの下側を叩くことが多くなるので内野フライに終わることが多いそうです。

江川さんがホップするストレートを身に着けたのは野球部に入ってからの特訓ではなく、幼少期を過ごした静岡県の天竜川で楽しんだ小石投げによるものでした。


この小石投げは「水切り」という昔ながらの遊びで、スピンをかけることで遠くまで届きます。

つまり、江川さんは小さい頃の遊びを通じてスピンをかける技術を会得したことにより、球界でもトップレベルの「ホップするストレート」を投げることができたということでした。

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