緒方貞子の娘、子育てと仕事を両立。小室圭と関係とは。性格&名言まとめ

日本人として初めて国連難民高等弁務官を務め、紛争地での人道支援に92年の生涯を捧げた緒方貞子(おがた さだこ)さん。

娘さんがいるという情報がありますが、母と同じく人道支援の道に進んだのでしょうか。

緒方さんの子供について確認しつつ、子育てと仕事を両立したエピソードを紹介します。

併せて、小室圭さんとの関係、性格、名言など、気になる情報の詳細をお伝えします。

緒方貞子のプロフィール

本名:緒方貞子(旧姓:中村)

生年月日:1927年9月16日

死没:2019年10月22日

身長:150cm前後

出身地:東京府東京市麻布区(現在の東京都港区)

最終学歴:カリフォルニア大学バークレー校

緒方貞子は外交官の娘。息子は映画監督・緒方篤

緒方さんは外交官・中村豊一さんの娘として生まれました。

曽祖父は戦前に内閣総理大臣を務めた犬養毅というサラブレッドです。

緒方さんに娘さんがいれば、偉大なDNAを引き継いだ優秀な女性に育っていたに違いありません。

母と同じく人道支援の道に進んでいたかもしれませんね。

しかし娘さんはおらず、実際には息子さんをもうけています。

息子の緒方篤さんは1962年生まれの映画監督です。

ハーバード大学でアートやデザイン、マサチューセッツ工科大学修士課程でビデオアートを学んでいます。

母とは異なる分野のプロですが、やはり優秀な人材であることには変わりありませんね。

13歳のとき父親の仕事の都合によりニューヨークに転居。


高校時代に父親に買ってもらった8ミリフィルムを使い、撮影と編集の楽しさに目覚めました。

ハーバード大学を卒業後、いったん帰国して富士通の研究所に就職します。

ソフトウェアの開発を行っていましたが、アメリカ時代の友人から撮影の腕を褒められ、プロの映画監督を目指し始めました。

休職してマサチューセッツ工科大学の大学院で映像を学び、修士課程を終えると富士通「花の万博推進室」に復職します。

その後はドイツのメディア・アート・アカデミーから客員作家に招かれ、海外でフリーのシナリオライターや俳優として活動。

映像も撮影し続け、1992年にヨーロピアン・メディア・アート祭で優秀ドイツ・ビデオ賞を受賞しました。

2005年にオランダの短編映画『シャンパン』で、初めて監督を務めます。

翌年に日本で短編映画『不老長寿』を手掛け、2010年には『脇役物語』で長編映画監督デビューを果たしました。

数々の受賞歴を誇る優秀な映画監督として活躍していますね。

母の緒方さんも、優秀な息子さんの活躍を誇らしく感じていたに違いありません。

緒方貞子は子育てと仕事を両立

優秀な映画監督の息子さんを育て上げた緒方さん。

結婚後は夫の仕事の都合で大阪やロンドンに住みながら、子育てに励んでいたそうです。

子育ての傍ら、国際基督教大学で非常勤講師を務め、家庭と仕事を見事に両立。

さらに女性活動家・市川房枝さんの働きかけにより、国連公使として国連総会に出席します。

日本において女性の社会進出が進んでいなかった時代、女性は「仕事」か「家庭」のいずれかを選ぶ必要がありました。

しかし緒方さんは仕事も家庭も、いずれも手に入れ、どちらをおろそかにすることもなかったのです。

国連時代に子育ての傍ら、精力的に働く彼女の姿を、憧れのまなざしで眺めた女性職員は多かったに違いありません。

1991年にはヨーロッパの男性が就任するのが一般的だった、国連難民高等弁務官に初の女性として就任します。

冷戦終結後、宗教・民族間対立が起こった10年の中で、世界各国で難民支援を行いました。

緒方さんの雄姿は、仕事と家庭の両立を目指す多くの女性にとって、尊敬の対象であり続けるはずです。

緒方貞子と小室圭、直接の関係はなし

元・秋篠宮眞子内親王こと小室眞子さんの夫である小室圭さん。

緒方さんと小室さんに関係があるという噂が流れていますが、本当なのでしょうか。

眞子さんの祖母である上皇后美智子様は、緒方さんの聖心女子大学の後輩でした。

2人は高校時代から児童文学を通じて交流を深めていた、生涯の友だったのです。

その関係で、ネット上では小室さんのアメリカ留学中、緒方さんが彼に国連の就職先を世話したという噂が流れたのです。

段取りを整えたのが美智子様だったとされています。

しかし噂の域を出ておらず、何の根拠も提示されていないため、ガセネタではないでしょうか。

小室さんのことを面白おかしく報じたいメディアが拡散したデマである可能性が高いです。

それに緒方さんは生涯の友の孫娘を思いやっていたはずですが、就職先の世話まではしないはず。

努力で仕事と家庭を両立させた緒方さんですから、友人の孫の夫とはいえ、小室さんに無条件で手を貸した可能性は低いですね。

緒方貞子は上品ながら堂々とした性格

緒方さんは小柄で上品な雰囲気をまとった女性でしたが、おしとやかではありませんでした。

世界各国の紛争地へ実際に足を運ぶ仕事は、おしとやかな雰囲気の女性では、とても務まらなかったでしょう。

ただし議論の場でも声を荒らげることはなく、相手の意見をしっかり聞いていたそうです。

自分の意見も他人の意見も尊重する、すばらしい人格の持ち主だったことがうかがえますね。

緒方貞子の名言

緒方さんは祖国日本に向けて、印象的な名言を残しています。

「非常に日本は内向きになっている」「自分のことだけでなく、広がりもっていただきたい」

紛争が絶えず、難民が増え続けている状況にもかかわらず、難民の受け入れ数が少ない日本の姿勢を憂いて述べた言葉です。

また「難局は乗り越える」「ミッションのために、ルールは変える」などのポジティブな名言も残しています。

そして現場主義を貫き、人道支援に取り組んだ緒方さんの生き方が集約されているのが、

「何でも見てやろう」「何でもやってみよう」


自分の仕事に情熱を注ぎ、危機的な状況でもやれることはすべてやり尽くす。

今すべての日本人に求められているのは、緒方さんの熱いスピリットなのです。

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