田中将大、高校時代の彼女と諸事情の理由!「斎藤佑樹と入れ替わり」の続きとは!?

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メジャーリーグに行ってからもその凄さを
見せつけている田中将大ですが、
彼の高校時代に関しては、斎藤佑樹との関係や、
その他さまざまなことで関心を集めているようです。
気になる周辺事情など調べてきました。

田中将大プロフィール

名前 田中将大(たなか まさひろ)
生年月日 1988年11月1日
出身 兵庫県伊丹市
所属 ニューヨーク・ヤンキース

田中将大、高校進学にまつわる諸事情とは?

もともと田中将大は駒澤大学附属苫小牧高等学校へ
進学する予定はなかったといいます。

兵庫県出身の田中将大は中学時代、
「宝塚ボーイズ」という野球チームに所属してプレーしていました。

その頃から、奈良県の甲子園常連校である智弁学園の
監督(コーチ?)から気にかけてもらっていたそうで
その関係もあって、高校は智弁学園に行くものだ、という
半ば決まった進路があったようです。

同じ関西なので、それは自然な流れでもあったと思います。

しかし、その監督が智弁和歌山高校へ異動となったため、
その計画は白紙になってしまいました。

「宝塚ボーイズ」の監督と相談し、名前が挙がってきたのが、
駒大苫小牧だったのです。

田中将大と監督、もう一人のチームメイトとともに、
駒大苫小牧に見学に行き、その練習の素晴らしさと
田中たちに丁寧に挨拶してくれたことなどもあって
駒大苫小牧への進学を心に決めたそうです。

兵庫県から北海道というとかなり遠いですが、
田中将大の親は田中に合う練習環境を大切に思っていたので、
意外とすんなりと同意してくれたのも駒大苫小牧への
進学決定の一因と言えそうです。

もし関西、奈良の智弁学園へ進学していたら、
早稲田実業の斎藤佑樹との甲子園決勝での名勝負は
なく、しかし、代わりに違った名勝負、甲子園の歴史が
刻まれていたかも知れません。

「ちょっと諸事情があって駒大苫小牧に…」と言ってしまえば
それまでですが、

智弁学園監督の異動、チームの監督の助言、親の理解、
などの「諸事情」を生み出し、それらの状況下で進むべき道を
作り出していく、その「理由」とは、

間違いなく彼の野球への情熱であるといえるでしょう。
本物の情熱は、いくつもの「諸事情」を生み出しながら、
結果として、たどり着くべき場所にその人を導いてくれます。

そう考えると、小さな奇跡の積み重ねが甲子園の
歴史をつくり、大リーグでも活躍するまでに成長した
田中将大という人物をつくり出しているのですね。

「斎藤佑樹と入れ替わり」?

高校時代の田中将大の活躍は多くの人が知るところですが、

そんな田中将大に高校時代、彼女はいたのか?が
気になっている方も多いようです。

いろいろ調べてみたところ、
わずかにあった情報に同じ高校の同じ学年、
進学コースに彼女がいたというものがありました。

しかし、確証のない情報ですので信憑性は「?」です。

本当に彼女が当時いたとしたら、あれだけ日本中を
沸かせていたスーパー高校生の彼女って
どんな気持ちなのでしょうね。

また、甲子園で名勝負を繰り広げた相手である
斎藤佑樹とよく比較されますが、

これまでのところ、ふたりのキャリアには
かなり大きな差ができてしまっています。

本人たちは特に気にしていないのでしょうが、
ファンとしては、ずっとライバルでいてほしい気持ちは
やはりありますよね。

2chでそんなふたりを題材にしたフィクションが
綴られいるようです。

それは、田中将大と斎藤佑樹の体が入れ替わるという
映画「高校生」のような設定の話で、


この話を気に入った方々が、その「続き」を読みたいと
検索しているようで、「斎藤佑樹」「入れ替わり」「続き」といった
関連キーワードが田中将大に関して出てきます。

勝手なファンの心理で、これからも、ふたりの活躍と
その関係性に注目していきたいと思います。

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